常世国往還記

本と映画のノート



メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

09 | 2017/10 | 11
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -

カテゴリー

最新の記事

過去ログ

ブログ検索

FC2ブログランキング

RSSフィード

プロフィール

かもめ

Author:かもめ
読書と映画の鑑賞記録。
日記もちょっとだけ。








ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

スポンサーサイト

--/--/--(--) --:--:--

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
スポンサー広告

人類の捕食者

2007/05/15(火) 18:32:15

ホット・ゾーン―恐怖!致死性ウイルスを追え!ホット・ゾーン(book)
リチャード プレストン 高見 浩 訳

小学館 1999-03

Amazonで詳しく見る by G-Tools


アフリカの一部地域で爆発的に流行したエボラ出血熱。その原因となるウイルスをめぐる、ウイルスハンターたちの活躍を追うドキュメント。
細菌学者というと、研究室内で顕微鏡をのぞいているイメージですが、本書に出てくる専門家たちは、ものすごくワイルドな仕事をしています。体力無いとやってられませんね。
それにしても怖いです。なまなかのホラーなどでは追いつきません。キングの「ドリームキャッチャー」は、この病気からの発想だな。映画のほうもそんな感じ。あのストーリーそのものが、エボラの暗喩とも考えられます。キングの賛辞って、テキトーなのが多いですが、この本の宣伝に書いたのは、けっこう本気だったんじゃないかという気がする。

とにかく、ヘタな場所に旅行するのが怖くなります。手をよく洗って、うがいして…そんなんじゃダメなんだよう。
とりあえず、はしかにも気をつけよう。


ちなみに、私がエボラを初めて知ったのは、この本です。

アウトブレイク―感染
ロビン・クック 林 克己 訳 早川書房 1988-03
Amazonで詳しく見る by G-Tools

これまた怖い怖い医学ホラー。
もし、エボラによるバイオハザードがアメリカ国内で起こってしまったら…。「最悪の事態」を想定したフィクションです。
映画にもなりました。

読んだ本TB:1CM:0

咳をしてもひとり

2007/05/13(日) 18:08:08

ナイトホークス〈上〉
マイクル・コナリー 古沢 嘉通 訳
扶桑社 (1992/10)

ロス市警殺人課の花形刑事ボッシュは、捜査中に誤って犯人を射殺してしまったことから、降格処分になり、ハリウッド署に飛ばされてしまった。忙しい市警とは対照的に、今度の職場は万事いいかげんでのんびりムード。相棒は副職の不動産業が忙しく、死体発見の呼び出しさえ迷惑げで、憮然とするボッシュ。
しかし、現場で土管の中の遺体を見たとたん、彼に緊張が戻った。死んでいたのはベトナム時代の戦友メドーズ、死因は麻薬の過剰摂取。ボッシュは一年前、この男から麻薬をやめる件で相談を受け、手を貸してやっていた。プログラムはうまく行き、無事社会復帰を果たしたはずだったのに、結局悪癖が抜けなかったのだろうか。
だが、ボッシュの鋭い目は、遺体の注射痕や、現場の状況に、いくつか納得のいかない点を発見する。これは殺人ではないのか。
穏便にすませたがる同僚たちを尻目に、ボッシュは単身捜査を始めるのだったが、メドーズの私生活をたどるうち、半年ほど前に起きた銀行強盗事件との接点に突き当たる。


ボッシュの衝撃の過去が明らかに!って、これがシリーズ第一作で、私が逆から読んだだけなのでした。
ロス市警時代にボッシュが活躍した事件が、まるで既に刊行されている話みたいに随所に出てきます。手柄はたくさん立てたものの、独断専行の多い彼は、組織内では嫌われ者で、左遷後も本庁内務監査課のスパイが、彼の首を切るネタはないかと身辺を嗅ぎまわっています。かつてマスコミの寵児だった彼を妬む同僚も多く、「堕ちた英雄」は上からも下からも厳しい視線にさらされている…というのは、日本でもありがちな話ですね。
おそろしく働きにくい状況下、ボッシュがあっちやこっちに遣いたくもない気を遣いながら、どうにかこうにか、一歩一歩調べを進める。そこへFBIがからんで、さらに混乱するという展開です。

「赤毛連盟」みたいなトンネル銀行強盗の話に、ベトナム時代の恐怖の記憶や、FBIの女性捜査官エレノアとの、ハードボイルドにあるまじき艶っぽいエピソードもはさんで、濃密なストーリー。
戦争中、トンネル工兵として抜群の技術を誇った復員兵メドーズの転落物語かと思いきや、事件は意外な方向へ向かい、ラストでふたたび大きくハンドルを切ります。

ジャーナリストとして活躍する著者のフィクション第一作。エンタテインメントを意識したのか、内務監査のルイス&クラークなど、マンガみたいなありえない設定も散見しますが、トンネルの描写や、ベトナムからつながるさまざまな社会問題を、それとなく裏にひそませていて、見た目以上にボリュームがあります。
戦争でも、戦争が終わってからも、むくわれない一兵卒に忍び寄る黒い誘惑。彼らに共感しながら、それでも断罪せざるを得ないボッシュ。灯の消えた暗いトンネルに佇むボッシュの姿が目に浮かぶようです。

読んだ本TB:0CM:0

陪審員制シミュレーション

2007/05/11(金) 23:13:06

検察審査会の午後
佐野 洋
新潮社 (1996/09)

検察審査制度なんてあったんですね。初めて知りました。
検察が不起訴処分にした事件について、原告から申し立てがあった場合に、11名の一般市民からなる「検察審査会」が合議制でその妥当性を審査するという仕組みらしいです。近々実施されることが決まった陪審員制に似ていますね。
本書は、作者が実際に審査員を経験した人たちから聞き知ったエピソードを、小説仕立てに再構成したもの。陪審員制度実施の前に、実際の会議のようすはどんなものだろうかと思って読んでみましたが……。

う~ん、探偵気取りであちこち嗅ぎまわったり、聞き込みに近いことまでやるのは、権限を逸脱しているんじゃないでしょうか。一部の審査員で事前打ち合わせや根回しみたいなことをやるのって、審査会の趣旨に反してはいないんでしょうか。
十二人の怒れる男」みたいに、会議室の中で完結するものではないようですね。
申立人の立場に立ってみると、こんなの嫌だろうなあと思ってしまいました。スケベな変態オヤジまでいたりして!ほんと嫌だわ!(イエイエ、このお話はフィクションです。)

読んだ本TB:0CM:0

夜回り弁護士

2007/05/10(木) 18:50:16

路上の弁護士〈上〉路上の弁護士〈上〉〈下〉(book)
ジョン グリシャム 白石 朗 訳

新潮社 2001-08
Amazonで詳しく見る
by G-Tools


ワシントンDCきっての大手弁護士事務所“ドレイク&スウィーニー法律事務所”に、銃を持ったホームレス風の男が押し入り、居合わせた弁護士9人を人質に、会議室にたてこもった。男は、要求をはっきりさせないまま、まもなく駆けつけた警官に射殺されるが、人質の一人で、一部始終を間近で見たマイクルは、事件のショックから、仕事が手に付かなくなってしまう。
男は何がやりたくて、こんな騒動を引き起こしたのか。犯人ハーディーについて調べる過程で、マイクルはホームレスの人権擁護を専門にする弁護士、モーディカイと出会う。彼に伴われ、救貧施設を訪れたマイクルは、究極の貧困生活に耐える人々の実態に衝撃を受けつつも、彼らを守ろうとするモーディカイの無欲な人柄と、その生き方に強く打たれる。
一方、ハーディーの犯行動機を調べるうち、彼は、ドレイク&スウィーニーが再開発事業に関連して、ある廃ビルからハーディーらホームレスを強制退去させていたことを知る。行き場の無い人々を、真冬の寒空の下に追い出すだけでも非人道的だが、しかもその退去処分自体が、どうやら違法だったようなのだ。
処分を決定した同僚弁護士の不正を発見したマイケルは、人生の方向転換を決意する。無力な人々の盾として、金にはならなくとも、天に恥じない、人間として実りのある生き方をしよう。その手始めに、彼は立ち退き処分の違法性を暴こうと考えるが…。


グリシャムお得意の「青春の冒険」ものです。さすがにちょっとワンパターンですが、後味が良いので、読んでいて安心。
日本の格差などよりはるかに根深く深刻な、米国のホームレス問題を紹介したのが手柄です。ホームレスの実態や、ボランティア団体の活動の描写に熱が入るあまり、お話のほうは駆け足ですが、それはまあご愛嬌でしょう。

「逆差別」的な問題を取り上げた、「エンジェルズ・フライト」とは逆の、ストレートな問題提起。経済格差が問題の大半を占める日本と違って、あちらでは、人種差別が底流となっており、経済支援だけではなかなか解決の難しい問題です。出てくるホームレスはみな黒人、支援者の大半も黒人。対するドレイク&スウィーニー側の弁護士は、全員白人。「エンジェルズ・フライト」にあるように、現実はこれほど単純ではないでしょうが、まあ、大雑把に色分けが出来ることは間違いないと思われます。

アメリカンドリームなどというきれい事では割り切れない米国社会。しかし、公益法というものの存在が、わずかに救いではあります。

読んだ本TB:0CM:0

オセロゲーム

2007/05/09(水) 18:05:41

エンジェルズ・フライト〈上〉
マイクル コナリー  古沢 嘉通 訳
扶桑社 (2006/01)

ハリウッド署殺人課のボッシュは、せっかく非番の日だというのに、家にこもって、戻らぬ妻エレノアからの連絡を不安な思いで待っている。鳴り出した電話に飛びついたボッシュに告げられたのは、予期した妻のことではなく、LA郊外のケーブルカー“エンジェルズ・フライト”の車内で、二名の他殺死体が発見されたとの報だった。なぜ管轄外の彼に呼び出しが? ボッシュの疑問は、現場で氷解する。
被害者の一人は、管轄署と係争中の、人権問題専門弁護士エライアス。死体の状況から、動機は、エライアス個人に対する怨恨の線が濃い。怨恨…となると、裁判の被告である市警察の警官が、容疑者の筆頭ということだ。
身内を取り調べるという嫌な役回りを命じられたボッシュ。しかも、被告の一人は、彼のもと相棒シーハンだった。シーハンの公正な人柄に絶対の信頼を置くボッシュは、彼にかかった二重の疑いを晴らすべく、チームを率いて事件の真相を探り始めるが、警察内部の人間による捜査妨害、組織の政治的な動きや、人権訴訟を恐れるあまりの過剰なまでのコンプライアンス、マスコミに煽られた黒人コミュニティによる見当違いの報復など、ありとあらゆる障害に阻まれ、事態はボッシュの期待とは逆へ逆へと動いていく。


OJシンプソン事件以来、人種差別問題に関して非常に神経質になっている警察内部の様子が描かれています。それまで気を遣わなさすぎの感もあり、それがとかくの噂の種にもなっていたので、努力目標としてこの程度はあってもいいのではないかと思わないでもありませんが、現場は確かにやりにくいでしょうね。
日本でも、一連の企業不正事件などから、各社でコンプライアンスが合言葉のようになっています。そのための仕事が増えて、実務にあたる社員は大変。コンプライアンスにかまけて、本業が滞ることも少なくありません。ボッシュの愚痴に共感する人も多いでしょう。
この小説では、現場の風通しを良くし、関係者全員が情報を共有しようと努めた結果、逆に情報リークを招き、捜査を阻害してしまうという皮肉な成り行きを書いています。しかし、確かにそのような危険もあるとはいえ、やはり隠密行動は、「絶対的な正義」が存在するフィクションのヒーローには許されても、現実社会で推奨されるべきではないでしょう。

シンプソン事件を髣髴とさせる冤罪裁判のみならず、全体が、日本でもよく知られているもう一つの超有名未解決事件を思わせる展開で、ジャーナリスティックな雰囲気がぷんぷん漂うミステリです。さて、ボッシュのいない現実界での事件の真相はいかに。


ところで、「ハードボイルド」を意識してか、えらくスカした邦題が付くことの多いマイケル・コナリーの警察小説。この作品も、もとは「堕天使は地獄へ飛ぶ」というたいそうな(しかもネタバレっぽい)タイトルが、原題どおりシンプルに改題されました。
タイトルがずばり事件現場の名称であると共に、エンジェルが意味するのは、黒人社会の守護天使とうたわれる弁護士エライアス、誘拐殺人事件の被害者である美少女、署内コンプライアンス委員会とでも言うべき内務監査課、正義を貫くボッシュとも考えられるし、もちろんLAのことでもあるだろうし、なかなか意味深です。

障害に立ち向かうボッシュの勇気を強調するあまり、「予想外の困難」が頻繁に起こりすぎ、かえって先が予測できてしまうあたりが、ミステリとしては難点ですが、作者の筆力で細部まで読ませます。人間観察に優れた作家で、登場人物の性格描写が見事です。
特に魅力的なのは、主人公のボッシュ。能天気な正義のヒーローではなく、人間的な弱点を持った複雑な人物として描かれています。市警察の天敵エライアスを毛嫌いしていたり、人種差別に関するいかにもな偏見があったり。我々にも感情移入しやすい、ごく普通の庶民の一面を持ちながら、一旦仕事に入ると、偏見も先入観も乗り越えて真実に迫ってゆく。現実に、これほど柔軟かつ強靭な人は、居そうで居ない。

サイドストーリーである彼と妻エレノアとの夫婦関係も一筋縄ではいきません。
エレノアは精神的な問題を抱えていて、一見、強いボッシュが弱い彼女を保護しているかのようですが、実は強面なボッシュの負の部分を引き受けているのがエレノア。結婚に寄りかかっているのはボッシュのほうで、彼女はボッシュを支えきれなくなって、逃げ出そうとしている。ボッシュはほんとうは、事件どころではないくらい焦っているのですが…。

事件は解決したけれど、二人の関係は遂に破綻? この先の展開はいかに。
探偵のプライベートな物語でつなげていくところは、R.パーカーのスペンサーものと似ていますが、スペンサーの最近作のような、単なるキャラものになってしまわないといいのになと思いつつ、シリーズ追っかけてみます。

読んだ本TB:0CM:0

教養の復権

2007/05/06(日) 15:43:29


なぜこれほど勉強しない子供が増えたのか、その原因については、こちらの本のほうがはるかに示唆に富んでいます。

著者によれば、地方対都市、日本対西洋の文化的格差の解消にともなって、「憧れ」という教養主義の光背が消滅する。一方で、高学歴層の増加(大学の大衆化)により、学士サマ=末は博士か大臣か、という図式が崩れ、大学出たって所詮リーマン止まり、ヤッテランネーヤ、という空気が蔓延する。この憤懣が、大学紛争につながり、特権階級(教授)へのルサンチマンが爆発するが、紛争鎮静化ののちは、そんなものに無駄なエネルギーを費やすこともやめて、大学は単なる就職前のモラトリアムの場と化す。大学進学者は飛躍的に増えたというのに、教養へのモチベーションが上がるどころか、「そんなこと考えて何になるの?」という冷笑的なムードと共に、思索や思想を伴わない「一般教養」を「教わる」ことが、大学で学ぶ目的だと考える者が大多数を占めるようになった。
高い学識を持つと同時に、思索を極めた者にのみ許される「教養人」の権威など、誰も見向きもしない。で、著者はそこまでは触れていないのですが、結局、形骸化した「キョウヨウ」すら失墜し、一部の層で、教育そのものへの意欲が急速に減退しているのが現状ではないかと思われます。

輝ける教養主義の時代、それを担った出版文化、戦後の大衆主義など、それぞれに興味深い数字やテキスト、エピソードを紹介しつつ、時にユーモラスに、時に深く慨嘆しながら、読みやすい文体で解説しています。「教養」というものを知るための“キョウヨウ”書としても優れた著作です。

読んだ本TB:0CM:0

勉強ぎらい

2007/05/05(土) 17:58:15



最初のほうを拾い読みするとすごく面白そうなので、こりゃいいやと思って買ってくると、読み進むほどにハテナマークが増えてくる。この著者の本は、前に読んだのもそうでした。またやられちゃったわいとガックリきているところです。
「そんなの知りません」「わかりませーん」と堂々主張する学生を前に、おろおろする内田先生、という図は楽しいのに。

「なぜこれを学ぶのか」というのは、学問における本質的な問いです。そう問われて驚く教師のほうにむしろビックリです。役に立つかどうかもわからないようなものに、若い日の貴重な時間を費やす意味などあるのかと考えるのは、かえって健全な発想だと思います。
二号の法学の教科書にだって、「法学を学ぶ意義」について、特に一章をさいて延々と書いてあります。「法律」なら、知っていればいろいろと役に立つような気がしますが、「法学」って何? それこそ「何のためにあって、何のために勉強するんだろう」とは、私でも思いますので、ほほうと思って開いてみますと、法学を学べば、こんなことがある、あんなことがある(ちゃんと役に立つのですヨ)と並べたあとで、「そうは言っても、だから何なんだと思う人もいるだろうし、また、国民が揃って法学ばかり勉強したら、それはそれで困ったことである」(ま、そりゃそうだわな)などと梯子をはずすようなことまで付け加えてあって、とても良心的。

「すべての人間は勉強しなくてはならない」「すべての人間は働かなくてはならない」、あたかもアプリオリな原理原則のように言われていることも、実はこの国の近代化の流れの中で出てきた、比較的新しい考え方だということが、「日本という国」の中にも書かれています。
小→中→高→大と、ほぼ一本化した教育課程に有無を言わさず全員を乗っけて、学校教育修了と同時に就職させる。日本の、特に戦後の急速な復興のために、きわめて効率的に働いたシステムが、社会の変化によって、機能不全に陥っているのではないでしょうか。
福沢諭吉なら、現代の子供が「学びから逃走」するからといって、驚いたりはしなかっただろうと思います。「おミエーさん、そいつアあたりめえじゃあネエのかい?」だって、もともとサルなんだもん!

正直「失踪日記」なんかを見ても分かるとおり、ホームレスだってなかなか餓死・凍死までいかない豊かな国に住んで、働くにしたってPOSだの電卓だのあれば、計算なんか出来なくてもなんとかなるし、漢字はワープロが変換してくれる。金持ちになりたいとか出世したいとか思わなければ、物知らなくても新聞読めなくても大して困りません。勉強に向かう/勤勉に働かなくてはならない動機がないのです。困るのは、彼らを雇用する人たちだけ。勝手に困れば?俺ら知らねえし。
内発的な学びへの欲求(笑)、そんなもんがあるのは、内田先生や先生のお友達のように、もともと賢く生まれついた勤勉な人だけです。どんなに上手に教えても、「ふーん、面白いねー」で、大抵の生徒はおしまいです。サルは「もっと知りたい」なんて思わないのよ。

ゲームのルールやケータイのスキルみたいに、直で役立つことでない限り、「学びへの欲求」なんて起こりません。もういっそ、学校は適当でいいから、国も企業も職場での再教育に力を注いだほうが現実的なんじゃないでしょうか。「学び」は、何も学校でするものとは限りません。抽象的な学校道徳?よりも、これを覚えたら職長になれるとか、昇給するとか、分かりやすいご褒美がぶらさがっていたほうが、うまくいくと思う。高校や大学でわけわかんない授業をダラダラ聞いて、名目だけの学歴を得るより、中卒で、とりあえず何でもいいから仕事をさがして、職場研修をまじめに受けるほうが、本人にとってもトクだし、企業の側も優秀な社員が増えるというようなことになれば、全体のレベルが少しは上がるかも。まあ、学校って何よ?って話にはなっちゃうけれども。

教育再生会議でじーさんの小言みたいなことを並べ立てても、どうなるもんじゃないだろうと思います。うざ…いや、特に間違ってるとも思わないので、言いたければ言ったっていいですが。
とにかく、育つかどうかもわからない「内発的な動機」なんかに期待しないで、「勉強はお得」という、それこそ「学問のすゝめ」的な概念で、生徒を洗脳すること。塾がさんざんやってるみたいに、勉強できるとカッコイイ(ああ嫌だな…)と思い込ませるだけでも、授業中ほっつき歩くことは減るでしょうね。
とはいえ、それはそれで、別の問題が起こりそうな気もします。困りましたね。

読んだ本TB:0CM:0

ハーレクイン・クライム・ストーリー

2007/05/03(木) 22:23:09

OUT 上  講談社文庫 き 32-3
OUT 上 下 (book)
posted with amazlet on 07.03.30
桐野 夏生
講談社(講談社文庫) (2002/06)


弁当工場で夜勤パートをしている、力も地位も金もない最下層の中年主婦たちが、犯罪行為にかかわり、裏社会の男たちからも一目置かれるというサクセス・ストーリー(笑)。

ダンナをワインボトルで殴り殺して切り刻んだ彼女も、この本あたりが参考書だったのでしょうかね。犯罪もフェミニズムですか。そんなに男と同じことがしたいかなあ。
相手方の男は、ヤクザも変態も全員イケメンという、ありえないご都合主義。レディースコミックの世界です。私にはついていけませんでした。

読んだ本TB:0CM:0

現在・過去・未来

2007/04/30(月) 22:51:31

日本という国
日本という国(book)
posted with amazlet on 07.04.30
小熊 英二
理論社 (2006/04)

著者は現在スーファミじゃなかった、慶応SFCの先生をしておられます。慶応ではよろず福沢先生のお話をすると、たいへん喜ばれますので、著者も現職に就かれるにあたって、改めてその著作等を読み直され、そんな中から副産物的に生まれた本ではないかと想像します。

理論社の「よりみちパン!セ」(パンのあとのびっくりマークは!何でしょうか!最後に「。」も付けてみると、よりイイ感じになるのではないでしょうか)シリーズの一冊。ヤングアダルト向けの新書で、対象は中学生以上とのことですが、うっとうしいくらいルビが振ってありますので、小学校の高学年くらいから楽に読めるでしょう。

しかし、本に限らず、大人向け読み物=基本ルビなしになったのは歴史的に見れば最近の話で、明治時代は新聞にだって、山ほどルビが入っています。当時は大人になっても漢字が読めない人が珍しくなかったからです。今の日本では、それだけ教育が国民全体に浸透したということですね。

第一部では、現在当然のように行なわれている「国民皆学」を提唱した福沢諭吉の「学問のすゝめ」から話を始めて、明治維新以降の日本の本格的な近代化とはどのようなものであったか、その結果、何が起こったかを説き、第二部では、第二次大戦終結から今日まで、日本がたどった道筋を、国民生活、政治、経済、外交など、いろいろな方向から見ていきます。

イデオロギー的な偏りを抑え、極力文献(子供向けにやさしく書き直してあります)と事実に語らせようとしており、状況を「どのように解釈するか」は読者の判断にゆだねてあります。とはいえ、従軍慰安婦問題など存在しないと考えるような、歴史修正主義の人々にとっては、これでも充分偏向的なのかもしれませんが、たとえば小中学生に、例の「美しい国」とやらの抽象論を具体的に考えさせてみるときの、副読本として活用できそうです。

読んだ本TB:0CM:0

仏式ハムレット

2007/04/27(金) 19:10:09

悪行の聖者 聖徳太子
篠崎 紘一
新人物往来社 (2006/09)


古代史上の超有名人物でありながら、謎につつまれた聖徳太子の生涯に、一風変わった設定を加えた歴史小説です。

この先、新史料発見なんてことはちょっとありそうにないし、本当のところは分かりっこないので、どんな想像もし放題。古代歴史小説は、ウソかマコトかではなく、読んで面白いストーリーと、多少の説得力があればOKだと思います。要は、作者の筆力次第、どれだけ「見てきたような嘘」を上手につけるかにかかっているのではないでしょうか。
この小説、「嘘」の部分の説得力はそれなりなのですが、残念ながら、思ったほど話が面白くありません。
古代の舞台装置の前でやっている現代劇のよう。現代人である我々にとって、心理的にわかりやすいのはいいですが、背景と登場人物がちぐはぐでヘンです。
こういうのを読むと、横光利一の「日輪」など、(特に好きな小説ではありませんが)大したもんだったんだなあと、あらためて感じ入りますね。

どうせ、リアリティなど望むべくもない世界なら、もう徹底して虚構にしてしまうほうが良かったのでは。
たとえば、「日出処の天子(comics)」。こちらは、同じ聖徳太子ものとはいえ、「そんなわきゃないだろコラ!」と言いたくなるような突拍子もないフィクションです。何から何まで普通でない(笑)人間離れした太子像に、非常な魅力がありますし、太子に振り回される蝦夷はじめ蘇我勢、あやしげな恋愛にからむ女性陣などなど、一応史実をなぞりつつも、作者が作り上げた別次元の世界の中に、きれいに収まっています。

読んだ本TB:0CM:0
<< 前のページホーム全記事一覧次のページ >>
Copyright(C) 2006 常世国往還記 All Rights Reserved.
template designed by 遥かなるわらしべ長者への挑戦.
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。