常世国往還記

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懸命の時代

2006/11/04(土) 17:25:00



雲の都〈第1部〉広場


雲の都〈第1部〉広場

posted with amazlet on 06.10.25


加賀 乙彦
新潮社


三田の時田病院院長の娘、初江・夏江姉妹を中心に、戦前から戦後にかけての東京・山手とそこに暮らす人々の変貌を描いた連作「永遠の都」の続編。

文庫化された「永遠の都」最終巻「雨の冥府」読了からずいぶん時間がたって、ややこしい人間関係を忘れていました。まあ「広場」を最後まで読めば、だいたい分かるようにはできているのですが、親切な文庫版の人物紹介から、「雲の都」関係者をいちおう整理しますと、



小暮悠太(主人公・作者の分身)は、「永遠の都」の中心人物時田利平の娘初江とサラリーマン代表小暮悠次夫妻の長男。駿次・研三の二人の弟と、年齢の離れた央子という妹がいます。この妹の出生には悠太も知らない秘密がありまして、それが前作のメインストーリーの一つです。

初江の妹夏江は、紆余曲折の末、菊池透と結婚し、火之子という凄い名前の娘があります。実はこの子の出生にも込み入った事情があり、それがもとで一旦は夫婦別れするのですが、「広場」では、いつの間にかもとの鞘におさまっています。夫婦とも、ストイックなクリスチャンです。

百合子松子・梅子の双子、それにピアノをよくする桜子の四姉妹は、初江・夏江姉妹の母菊江(故人)の妹夫婦風間信一郎・藤江夫妻の娘たち。信一郎は成功した実業家で、娘たちはそれぞれ父の思惑で政略結婚しています。風間家と時田家、美人ぞろいの従姉妹六人は、娘時代から実のきょうだいのように親しくつきあっていて、彼女たちの織りなす「細雪」の世界に似たあでやかな女もようは、前作の華でした。全員がオバサンになってしまった本作でも、その名残りが見られます。

脇家というのは、初江の夫悠次の異母姉美津の嫁ぎ先です。早死にした美津の夫脇礼助は、政友会で権勢をふるった政治家で、風間信一郎の盟友でした。前作で、けっこうイケてる青年将校として登場する脇敬助は、脇家の長男。悠太には父方の従兄にあたります。風間家の長女百合子と結婚していますが、以前、夏江と縁談があったこともある。

敬助の弟で、野心家の兄とは似ても似つかない、文学と音楽を愛する白皙の美青年脇晋助(故人)は、初江がらみで前作の主要人物の一人。で、悠太の少年時代のヒーローです。言うことがいちいち気障で、繊細な見かけによらずけっこういい根性してますが、最期はかわいそうなことになりました。ちなみに風間家の桜子は、少女時代こいつに惚れてました。

前作ではそこそこ出番のある時田家の跡取り息子史郎(初江の弟/夏江の兄)その他、焼失した時田病院関係者は、チラホラ名前は出てきますが、みな過去の人です。悠太に自作の絵を託した五郎は、時田利平の庶子との噂のあった青年で、不幸な生い立ちに身体障害と、どこまでも気の毒な人。夏江といろいろありましたが、人生に絶望し、作品だけを残して命を断ちます。





個性と魅力あふれる登場人物それぞれの視点と立場が入り乱れ、全体が混然と、帝都東京の息づかいを感じさせるような前作とは異なり、「雲の都」は、(今のところ)もっぱら作者の分身である初江の長男悠太を中心に展開します。



「第一部 広場」は、1950年代、戦争の傷跡を残しながらも、復興に向かう東京が舞台。

敗戦で資産を失い、父親のサラリーだけが頼りの中流家庭に没落した小暮家をはじめ、前作の登場人物たちの消息を追いつつ、東大の医学生になった悠太のセツルメント活動(今でいうボランティアですね)を描いています。



風間家や脇家のように、既に戦前と変わらぬ生活を取り戻している富裕層と、未だ敗戦の傷が癒えず、最底辺の生活苦にあえいでいる人々、セツルメントの仕事を通して、二つの対照的な世界の間に立ち、どちらつかずの身の上に戸惑う悠太。

学生らの善意にささえられた困窮者の支援活動も、人手不足や資金難から、頓挫寸前に追い込まれる。その混乱の中で、ソビエトに後押しされる共産党員は、人々の不安や不満をあおり、アメリカ寄りの為政者たちは、彼らの動きを警戒して、手段を選ばず動きを封じ込めようと焦る。

悠太たちの理想主義も否応無しに政治的な思惑にのみこまれ、遂にはクライマックスの血のメーデー事件に至ります。



相変わらず、時代の空気を緻密にとらえ、最後までひと息に読ませますが、「永遠の都」シリーズに比べて何か物足りない。複数の人物を並列して、それぞれの動きをドラマチックに追った前作に比べ、こちらはほとんど悠太ひとりに焦点を合わせた、自伝小説のおもむき。視点がほぼ固定してしまったのと、他の主要人物が(年をとって)あまり動き回らなくなったためか、主旋律だけ追いかけているような、やや単調な展開です。



特に、富める人々の代表選手である変節漢・脇敬助を、ステレオタイプな権力者に仕立てたのは残念でした。

作中のセリフではありませんが、王が歴史の奴隷だと言うなら、彼のような立場にも、それなりの必然があるはずでは。確かに手段には大いに問題があるし、彼らの牽引した強引な産業振興策は、その後さまざまな弊害をもたらした。しかし、彼らの舵取りによって、国全体の復興が成し遂げられ、結果として国民生活が向上した事実も否定できません。

それに対して非難一方になるのは、同時代の若い悠太の発想としては理解できるけれど、作品全体の理念ならばいささか浅薄でしょう。



悠太の父悠次についても、同じような感想を持ちました。

このお父さんは、敗戦直後はなかなか家長らしく活躍するのですが、勤め先の再建なって、ふたたび“いわゆる”サラリーマンに戻ってしまいます。資産を失って貧乏になったのが引け目で、権勢華やかな親類とはつきあいたがらない小心者。家のことは妻に任せきり。休みというと雀卓を囲んでる。

家族サイドからは、典型的なダメ親父に見えますが、彼にも職業人としての人生があったはず。それが、家庭や地域共同体における個人の人生と必ずしも合致しないところに、現代人の精神的な問題が発生し、海外では文学上のテーマにもなるわけですが、この小説では、家庭外での悠次は、完全に切り捨てられています。まあ、悠次が保険屋ってところも、時代の牽引役に据えるには無理がある、とはいえ、彼もまた、社会を構成する一員であるという捉えかたがあってもよかったような気がします。



しかしまあ、なんといっても、全体の勢いを殺いでいるのは、前作での時田利平のような、スケールの大きな個性を失っていることでしょう。それもまた、時代のなせるわざと言えば、そのとおりではあるのですが。

貧しさの中でもがく浦沢明夫と、彼の恋人菜々子の話もまた、主人公一族の反対概念ではあるものの、前作の五郎に見るような宿命というほどの救いがたい暗黒ではなく、多くの人に共通の、「時代の悲劇」の一つです。この先、日本の復興とともに、彼らや彼らの子供たちもまた、総中流のうちに組み込まれていくのでしょう。



高度成長の問題点をあげつらえばきりがありませんが、しかし、ホームレスでさえ滅多に餓死することのない、現代日本の驚くべき豊かさは、やはり幸福には違いなかろうと思います。



 

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コメント
ありすは合致した
ありすは合致した。
またきのう新潮社で、文学も共通したかったみたい。
また松子で休みっぽい戦争したいなぁ。
実は時田に新潮社と親類みたいな登場したかも。
BlogPetのありす #-|2006/11/04(土) 18:38 [ 編集 ]
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