常世国往還記

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正気と狂気のあいだ

2006/09/19(火) 18:20:15

さて、こちらは拘禁うんぬんではなく、犯罪の責任能力そのものに関する精神鑑定の話です。


関係者への影響に配慮し、主に海外、国内では戦前の事件に限ってあります。

第一章は、レーガン大統領暗殺未遂事件の犯人ヒンクリーの精神鑑定が、裁判そのものや社会に対して与えた影響を述べたもの。日本でも増えつつある劇場型の犯罪の問題や、近く実施される陪審員制について、何かと考えさせられます。

第二章は、詐病について。といっても、減刑を狙って故意に病気を装うありがちなケースではなく、精神鑑定を受ける過程で、鑑定人と対象者の間で、知らず知らずのうちに病気が“創作”されてしまうというもの。主に鑑定人側の面接態度に関する問題です。
これは、精神鑑定に限らず、一般の医師と患者にも起こることではないかと思います。今話題のLDやADHDなども、本当に深刻なものから、「そう言われてみれば…」というどっちつかずのケースまで、かなり開きがあるのではないでしょうか。
ダニエル・キースの作品で有名になった、ビリー・ミリガンの多重人格障害などが例に上がっています。

第三章は、歴史の教科書にも載っている、明治二十四年のロシア皇太子襲撃事件
現代の精神医学から見た犯行の背景とともに、このときすでに医師による精神鑑定が行われ、裁判において重要な証言として採用されるという、司法史上画期的な事件だったことが述べられています。
江戸期以来の、「乱心者」の犯行に対する伝統的な考え方や扱いに関する話も面白かったです。

第四章は、横溝正史の小説「八つ墓村」のモデルとして有名な津山三十人殺しと、ドイツの小学校教師ワーグナーの無差別大量殺人事件をめぐる話。
津山事件の犯人は犯行後自殺してしまったので、鑑定は事後の推定ですが、ワーグナーは病院に収容され、高名な精神病理学者、ガウプ教授による精神鑑定を受けます。ガウプはこのケースに夢中になり、ワーグナーをテーマに書いた論文が彼の出世作となりますが、医師と患者との長期にわたる親密な接触は、双方にとって、まるで仕事のパートナー同士のような奇妙な共感をはぐくみ、医師が患者の精神状態に影響をおよぼすのはまだわかるとしても、医師のほうでも、精神的に患者の影響を受けてしまうというのは驚きです。
津山事件の犯人都井と、ワーグナーの症例の共通点、また、第二章とは少し違った意味での、医師対患者の関係の難しさが語られます。

第五章は、フランスの著名な哲学者、ルイ・アルチュセールの妻殺しについて。アルチュセール(著作の翻訳も研究書もいろいろあります…)もこの事件も私には初耳で、まったく恥じ入るほかはありませんが、理性の塊のような優秀な知識人が、無意識のうちに就寝中の妻を絞殺するという、非常に特異な事件だったようです。
あー、学者の犯罪といっても、犯行時に意識が無いという点で、例の鏡の先生とは事情が違いますので。念のため。
鑑定により精神病患者と認定された彼は、精神病院に収容され、以後公的な場で発言する機会を奪われたまま、10年後に死亡しますが、この件のもう一つの特殊性は、死後に発見された遺稿の中で、アルチュセール自身が、事件について語るとともに、鑑定結果によって公判が開かれなかったため、法廷での弁明の機会を奪われたと述べている点です。
事実、遺稿や、生前の夫妻を知る人々の話を総合すると、事件の別の様相が見えてきて、本来は精神病者の人権を保護するための精神鑑定が、逆に、権利を侵害する場合もありうるのではないかとの疑問がわいてきます。


狂気の犯行、といっても、狂気には無数の種類や段階があり、通常の治療と違って、何かしら当座の「結論」を求められる鑑定の難しさ、その「結論」が一人歩きする怖さ、また事件の見方を規定してしまう恐れなど、精神鑑定にまつわる種々の困難が、具体例に沿って、術語を抑えた平易な文章で書かれており、読み物として興味深いだけでなく、たいへん勉強になりました。
精神鑑定って、精神的にきつそうだなあ…。

 
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読んだ本TB:0CM:3
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コメント
ドイツで公的と無
ドイツで公的と無い学者を弁明したかった。
BlogPetのありす #-|2006/09/21(木) 12:14 [ 編集 ]

こんにちは。Mです。
精神鑑定については何度もぼくの記事で触れてきました。社会から排除される「異常者」と「犯罪者」の境界線上に突然生まれたものです。どっちにしろ排除されますが……
いい本の紹介ありがとうございました。読んでみます。アルチュセールの悲劇についても詳細は知らないのです。
M #-|2006/09/21(木) 21:11 [ 編集 ]

Mさま、コメントありがとうございました。
難しい問題ですね。
先日、陪審員制実施にあたって行われた事前テスト?で、一般市民と司法関係者の“判決”を比較したら、一般市民のほうが重刑に傾きがちだった、との報道をみましたが、実際自分が陪審員になったとき、どんなスタンスをとるべきなのか、考えてしまいます。うーん。
かもめ #-|2006/09/23(土) 16:50 [ 編集 ]
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