常世国往還記

本と映画のノート



メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

07 | 2017/08 | 09
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -

カテゴリー

最新の記事

過去ログ

ブログ検索

FC2ブログランキング

RSSフィード

プロフィール

かもめ

Author:かもめ
読書と映画の鑑賞記録。
日記もちょっとだけ。








ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

スポンサーサイト

--/--/--(--) --:--:--

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
スポンサー広告

見ている私を見る話

2006/07/23(日) 17:15:45




脳内の記憶伝達物質を研究する孝岡は、国内随一の脳研究施設ブレインテックに招聘された。彼の発見したある因子が、ブレインテックの関心を引いたのだ。
家庭内の問題から逃げるように単身赴任してきた孝岡の前に現れたのは、辺鄙な山奥にあるまじき大規模な研究施設群。そこでは、最新の機器を駆使しながら、ヒトの脳にかかわるありとあらゆる研究、とりわけ、人工脳の開発と、てんかんなど脳疾患の検査や類人猿の行動調査に基づく脳の機能分析が、海外の施設とも連携しつつ、驚くべきスピードで進行していた。
想像を超えた状況に度肝を抜かれる一方で、奇妙な胸騒ぎを感じる孝岡。やがて彼は、研究所に出入りする白装束の謎の女性、船笠鏡子の存在を知る。地元の村の霊媒的存在である彼女は、特異な症状をもつてんかん患者で、どうやらてんかん研究の最も重要な対象らしい。
ところが、彼女に触れた瞬間から、孝岡の周辺で、数々の“超常現象”が起きるようになった。
幻覚か、現実か。説明のつかない“体験”に悩みながら、彼はブレインテックの秘密、真の研究目的に気づき始める。


てんかんとスティグマという、古い迷信を軸に、現代の見神実験を描いた大作。
読み応え充分です。作者の専門分野、とはいっても、全部が全部自家薬籠中というわけではないだろうに、広範囲の裏づけをしっかり取ってあるところといい、「X-ファイル」みたいなオカルトに堕ちるか、本格SFの力技を見せるのか、最後の最後まで予断を許さない緊張感といい、そんじょそこらの科学よみものとは一線を画す力作です。

作中で丁寧な解説があるとはいえ、前半の専門用語の多さに、慣れない読者は閉口するかもしれません。
SF読むならこのくらいはついて来いよ、ということなんでしょうけど、読み進むうちに忘れてしまうこともあるので、膨大な参考文献一覧なんかどうでもいいから(学術論文じゃあるまいし)、簡単な術語集くらい付けておいてくれてもよかったのに。まあ、これは作者じゃなくて編集の仕事だと思うけど。

それにしても、西欧人作家が、印度哲学から「地球幼年期の終わり」を発想し、日本人作家が、「キリストの変容」に基づいて、宗教を題材にしたSF小説を書くって面白いですね。慣れ親しんだ日常より、異文化のほうが、空想を誘うのでしょうか。


惜しいなと思うのは、実験の成り行きと並行した、もう一つのメインストーリーである孝岡の“自分探し”が、ネタを振って期待させるだけさせておいて、何となく中途半端に終わること。あれっ?これだけ?

それから、「パラサイト・イヴ」がそうだったように、この話も基本的に研究室から一歩も出ないお話であること。大変な事が起きているようだけれど、結局は、(村も含めて)実験施設という、ごく狭い世界の中での、特殊な人たちの間で起こった、特殊な事件にすぎない。
たとえば、作中にも「失われた黄金都市(コンゴ)」で引き合いに出されるマイクル・クライトンなどは、実験結果が実験室外に出て、制御不能になる話(「コンゴ」もある意味そうだし、「ジュラシック・パーク」や「プレイ」や、その他もろもろ)が得意ですが、ネタは単純で、大衆向きでも、現実感が全然違います。(そういえば、クライトンにも神秘実験の話があったっけ。)
何かと差しさわりが多くて難しいとは思いますが、既成の宗教、あるいは新興宗教の社会的な活動(オウムとか)などとからめると、オタク度が薄れて、スケールがぐんと広がったでしょう。



「参考文献」には上がっていなかったようですが、月齢と行動変化に関しては、こんな本も。品格先生、藤原正彦御夫妻の翻訳。妙な研究もあったものです。おもしろかった。

月の魔力 アーノルド・L. リーバー


類人猿の言語習得実験のところで出てくる、ニム・チンプスキー(ノーム・チョムスキーのもじりなんだよ)の話は、大昔に読んだ。(ニム―手話で語るチンパンジー

ニムの実験の頓挫が、類似の諸実験の幕引きになったことは確かなのだろうけれど、作中で言われているように、実験者のテラス博士が言語習得の可能性を否定したわけではなく(だって、そもそも生成文法論の否定が目的だったわけだし)、期限内に思うような結果が出なかったため、研究費が打ち切られ、実験を継続できなくなってしまったという話じゃなかったかと思う。
本の最後のほうには、資金獲得のための苦労話が縷々書いてあったと記憶しています。

多分、ニム実験の打ち切りによって、以後この手の実験にはスポンサーがつかなくなり、実質研究不能になったというのが真相ではなかったかと思います。「アメリカの研究者は、まず出資者を口説いてお金を貰わないと研究できないんだなあ」と、変なところに感心しました。
先日、研究費をパクってつかまった教授がいたけど、法人化や何やで、日本の研究者もお金の苦労が多くなるのでしょうね。


 

スポンサーサイト
読んだ本TB:0CM:0
<< Blog Write が重宝な件ホーム全記事一覧ピーターパン・シンドローム >>

コメント
コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバックURLはこちら
http://segrokamome1.blog27.fc2.com/tb.php/275-1697964e

Copyright(C) 2006 常世国往還記 All Rights Reserved.
template designed by 遥かなるわらしべ長者への挑戦.
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。