常世国往還記

本と映画のノート



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悪魔の方法論

2006/07/13(木) 18:07:33




第二次大戦下、ナチスドイツ最大の絶滅収容所トレブリンカで所長を勤め、ホロコーストの実行にあたったフランク・シュタングルに対する長時間インタビューを中心に、彼の家族、同僚、生き残った被害者たちや、周辺の関係者に可能な限り取材し、ホロコーストの前後も含めた事実の再構成と、それぞれの立場で人類最悪の事件にかかわった人々の心理の深層に迫るドキュメント。
取材当時、シュタングルは終身刑を受けてデュッセルドルフの拘置所に収監中でしたが、最終面接終了後、わずか一日足らずのうちに、心臓発作で急死するという劇的な幕切れとなりました。

本書は、読み物としてだけでなく、資料としても、分析としても、たいへんレベルの高いものです。本書執筆の意義は非常に大きなものだと思います(ドキュメンタリー映画「ショア」の基本資料ともなった)。
しかし、一方で、本書をこのような形で広く出版し、世に問うことに、一抹の不安を感じないではいられません。

犯罪や殺人とは無縁の一般市民をどのように巻き込むか。倫理観をどうすれば麻痺させることができるか。大量の人間に、戦意を喪失させ、無抵抗に死へ追いやるには、どのような心理作戦が有効か。ここにはホロコーストの現場のノウハウが、すべて書かれています。
将来、もし同じような恐ろしい計画が持ち上がったら、本書はまたとない参考書になるでしょう。
そして、これだけ戦争の無意味が説かれながら、未だに世界各地で愚行をくりかえしている現況を見るにつけ、今後そのような事態にけして陥らないという保証は無いように思えてならないのです。


本書は、大きく分けて三つの部分から成っています。一つはホロコーストのさきがけとなった、T4、すなわちハルトハイム等における障害者の「安楽死」計画。オーストリアの警察官だったシュタングルは、ドイツとの併合によって微妙な立場に置かれ、そこから逃れるチャンスとしてT4に関わったのが、キャリアの始まりでした。のちのガスによる大規模な殺害が、精神障害者をはじめ「治療不能」と診断された障害者に対して試みられています。

二つ目は、ゾビボール、トレブリンカにおける絶滅計画の執行そのもの。収容所としては、アウシュビッツなどのほうが有名ですが、実はもっとも非道な殺戮が行われていたのは、四箇所の“絶滅収容所”でした。戦後、これら大量殺人だけを目的とした施設の存在があまり知られなかったのは、施設の目的からして当然のことながら、生還者が極めて少なかったこと、それから、本書でも触れられている残酷な事情から、かれらはみな精神的に深い傷を負っており、自らの体験を語ることが非常に稀だったためです。
アウシュビッツは、少なくとも名目上は強制労働収容所であって、労働に従事できる者にはわずかながら生きのびるチャンスがあった(ここでの絶滅施設は比較的小規模なものでした。そのあたりが歴史修正主義者による「ホロコースト捏造説」の誤解・曲解のもとになったのではないかと思われます)。
しかし、トレブリンカは死に直結していました。ガス室を免れた少数者も、家族や同胞の殺害に、間接的にせよ手を貸すことを強要されたのです。耐えられない者、反抗したり、働けなくなった者は、即刻死者の列に加えられました。
シュタングルは両収容所で責任者として“絶滅”に従事し、各地から送り込まれる大量の収容者を粛々と死に至らしめます。

そして最後が、収容所の解体と、戦後の逃亡・潜伏に関する部分。一旦米軍に捕らわれたシュタングルは、監視のゆるい捕虜収容所から脱走、紆余曲折ののち家族と合流してブラジルへ移住し、ニュルンベルグ裁判中も、なんと本名で、ごく普通の市民として、ドイツ企業の支社に勤務していたのでした。
この、いわば後日談は、本書の主要テーマからは外れますが、サスペンス小説などでドラマチックに脚色されることの多いナチス逃亡劇の案外な実態、また逃亡に際してのバチカンの関与までも追及し、フィクションよりもよほど衝撃的でした。


シュタングルが資料提供者として際立っているのは、彼が、ホロコーストの前段階から終わりまで、実務そのものの中心にあり、また、当時の自分の「仕事」について、ある程度観察眼と分析力を持って語ることのできる、ほとんど唯一の人物である点でしょう。
本人のインタビューの端々、また、彼を知る人々の談話からは、その残忍な職務とは裏腹に、実直・勤勉で有能な人柄が浮かんできます。平時ならば、一生、殺人などとは無縁どころか、優秀な警官もしくは官吏として、かなりの地位に昇る可能性のあった人と思われます。

なぜそんな人が、こんなことに。
いやしかし、おそらくは、それだからこそ、へまもせず、拒否もせず、ナチスの機密に関わる絶滅収容所の所長という重職に就くことになったのでしょう。
本人の側から見れば、与えられた状況にきわめて見事に適応した結果であるとも言えます。

こんな感想は我ながらどうかと思いますが、実に奇妙なことに、本書のインタビューで見るところ、絶滅収容所からの生還者と、シュタングルは、資質的によく似ているような気がします。
知力にすぐれ、実務に長け、体力、気力において充実し、そして何より適応力に富んでいること。
加害者の側も、被害者の側も、「あの状況で、善い人は生き残れなかった」と証言しています。最悪の環境に耐えて生き延びるには、環境を受け入れる強靭さ、あるいは鈍さが必要だったということでしょうか。

ぎりぎりまで、たとえ自分を欺いても、自己肯定を保持できる。眼前の仕事に集中し、必要以上にものを考えない。
物事を客観的に見つめたり、批判することや、反省すること、それは、普段はとても大切なことなのですが、真の危機に際しては、生き延びることの(精神的な)妨げになる。人間の優秀さを「生きる力」と定義するなら、それは結局、徹底した自己保存能力に尽きるのかもしれません。
しかしこの「生きる力」は、環境しだいで、大悪人をも、また絶滅からの生還者をも形成しうる、可塑性に富んだ両刃の剣となります。



著者ギッター(ギッタ、ジッタなど表記いろいろ)・セレニーは、イギリスのジャーナリスト。このような異常な事件に長期的に取り組んでも、価値観が揺らがないというのは、精神的にきわめてタフな女性だと思います(私は読んだだけで頭が変になりそうです)。
邦訳のある著書のうち「マリー・ベル事件」は既読でした(著者名は忘れてた)。幼い少女が犯した残酷な殺人事件の捜査と裁判を、感情論に走らず冷静に追った、優れたドキュメントだったと記憶しています。
この本をもとに、服役したマリー(メアリー)・ベルの精神的な荒廃を描いたのが、山岸涼子のコミック「悪夢」。しかし、実際には彼女は更生し、出所して普通の人生を歩んでいます。その経緯を追ったのが、同じ著者による「魂の叫び」。こちらは未読ですが、本書に引き比べて、悲惨な生い立ちと取り返しのつかない犯罪から立ち直る子供もあれば、まじめに人生を歩いていた大人が大量殺人者に変身することもある、人間の心の定めなさについて考えさせられます。




 
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