常世国往還記

本と映画のノート



メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

09 | 2017/10 | 11
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -

カテゴリー

最新の記事

過去ログ

ブログ検索

FC2ブログランキング

RSSフィード

プロフィール

かもめ

Author:かもめ
読書と映画の鑑賞記録。
日記もちょっとだけ。








ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

スポンサーサイト

--/--/--(--) --:--:--

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
スポンサー広告

罪と罰

2006/04/18(火) 22:56:07

ゴッドファーザー PART III
ゴッドファーザー PART III
監督 フランシス・F.コッポラ
アル・パチーノ、ダイアン・キートン、アンディ・ガルシア
タリア・シャイア、ソフィア・コッポラ
posted with amazlet on 06.04.18
パラマウント・ホーム・エンタテインメント・ジャパン (2004/10/22)


既に老境を迎えたマイケルは、莫大な経済力を背景にバチカンと結ぶことで、別れた妻ケイとの果たせなかった約束――裏社会との訣別――を実現しようと画策していた。
ケイとは正式に離婚、二人の子供も彼女のもとで育ち、忠実なトム・ヘイゲンは既に亡く、残る家族は妹のコニーひとり。孤独な帝王の慰めは、別居後もなんの疑いもなく「大好きなパパ」を慕ってくれる娘のメアリーの成長だった。
伯父フレドに懐いていた息子とは、フレドの死を巡って距離が出来ており、将来は弁護士にとのマイケルの希望(かつてビトーがマイケルに描いていた青写真そのまま)も助力も撥ね付けられる。
困惑するマイケルの前に、長兄ソニーの遺児で、長らく疎遠だったビンセントがひょっこり現れた。
若い頃のビトーに通う面差し(デニーロとガルシアが?まさかと思うが本当に似てます。顔で選んだ配役だな)、何かと周囲に頼られる親分肌も祖父似、人懐こい笑顔と直情径行はソニーそっくりのビンセントに危ういものを感じつつも、自分にない激しさを好もしくも思うマイケルは、彼を後継者にすることを考え始める。
一方、バチカンでは現法皇が死去。清廉で知られる新法皇との面会で、マイケルは威厳に打たれ、思わず真情を吐露。これが意外な好結果を生み、マイケルの計画は軌道に乗り始めた。
しかし、周囲は彼の真意を理解しない。コルレオーネファミリーの動きに対して、さまざまな思惑が動き出し、マイケルの思いをよそに、再び血で血を洗う抗争へと発展する。そして、最も罪のない者が犠牲に…。


前二作に比べると、評判がもう一つですね。独立性が薄いことと、前作よりこじんまりまとまっているのが原因かな。しかし、アル・パチーノの名演はもとより、凝った演出、重厚で象徴的な映像、三部作の終曲としてふさわしい荘厳な作品と思います。

マフィア礼賛でも、ましてや暴力賛美でもない、マイケル・コルレオーネの一代記としては、彼の老残を曝すのは当然の帰結といえるでしょう。
また、Ⅱのテーマであったマフィアの変質も継承され、より容赦ない形で描かれています。
すなわち、中盤でのビンセントの報復シーンは、時代こそ違え、Ⅱにおけるビトーの最初の犯罪と全く同じシチュエーションで行われている。しかし、ビトーの行為が、良き市民たちの祝祭の陰でひっそりと遂行され、直接の動機はともあれ、結果として共同体全体から歓迎されるものだったのに対して、ビンセントは祝祭の冒涜者であり、市民生活をおびやかす破壊者にすぎません。
頼れるゴッドファーザーの時代は去り、マフィアが反社会的な犯罪集団に堕落したことを表す、象徴的な場面です。

復活祭のパレードは、ラスト近く、オペラの舞台上でも反復され、十字架のキリスト像とそれをとりまく人々の姿が、さらにクライマックスで変奏となってあらわれてきます。

演奏されるオペラ「カヴァレリア・ルスティカーナ」は、シチリアの決闘事件を題材にしたもの。無意味な血の流れる悲劇は、三部作の寓話とも見えます。
ラストシーンのバックに流れる美しい旋律は、このオペラの間奏曲。
というのはつまり、これはまだ幕間にすぎず、更なる血の抗争、愛を失う悲劇が永遠に続くということなのでしょうか。
(Ⅲの製作時にはさらにビンセントを主人公とする続編の計画があったので、それを意識してのものだったのかもしれないですね。)


公開当時、Ⅰ・Ⅱで名脇役ぶりを発揮したトム・ヘイゲンを出さないのが失敗という意見が多かったようですが、トムはマイケルよりかなり年長のはずですので、マイケルがこの年齢なら死んでるほうが普通です。出すとしても、回想程度だったでしょう。トムの息子が聖職者になっているのも、マイケルの葛藤と一脈通じているようで、二人の絆の深さが推し量られます。

また、親父のコネとか叩かれてる、メアリー役のソフィア・コッポラですが、イタリア女性の重ったるい情の深さ、激しい情愛と少女らしい一途さの交錯する可憐な雰囲気が良く出ていて、なかなかの好演だと思います。
この役は、ダイアン・キートンみたいなアングロサクソン系の理知的・鋭角的な美しさでは駄目で、豊満かつ清純という、マイケルの最初の妻アポロニアのような、ある種の女性性の理想像であるべきですから、ルックスの好みはさておき、ソフィアはそれほど外れてはいないでしょう。


 






スポンサーサイト
見た映画(DVD)TB:0CM:0
<< オレンジの危険な香りホーム全記事一覧執念 >>

コメント
コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバックURLはこちら
http://segrokamome1.blog27.fc2.com/tb.php/220-ef3d6d30

Copyright(C) 2006 常世国往還記 All Rights Reserved.
template designed by 遥かなるわらしべ長者への挑戦.
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。