常世国往還記

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人間、この不確かなもの

2005/12/02(金) 10:28:12

逃げてゆく愛
逃げてゆく愛
posted with 簡単リンクくん at 2005.12. 2
ベルンハルト・シュリンク著 / 松永 美穂訳
新潮社 (2001.9)
通常2-3日以内に発送します。

夫婦、友達、父と子、子と父……人と人との気持ちのすれ違いを描いた七話からなる短編集。

もう一人の男
亡くなった妻のもとに、過去の恋人からの手紙が届く。妻には家族の知らないもうひとつの顔があったのか。嫉妬と軽い好奇心にかられた夫は、妻になりすまして返事をしたためます。そこから始まる妻の恋人との奇妙な交渉。
死んだ配偶者の別の生活という題材で思い出すのは、同じクレストシリーズの「パイロットの妻」ですが、短編と中編の違い以上に、主人公は全く逆といってもいい結論にたどりつくのが面白いところです。シュリンクのほうは、どちらかといえば古典的なストーリーかと思います。

脱線
ベルリンの壁崩壊の前後をあつかった、社会性の強い作品。
主人公は、崩壊前に、壁のむこうの若い夫婦と友情を結びます。気のいいスヴェンと、用心深くしっかりもののパウラ。そして小さな娘のユリア。彼らは、壁をはさんで、不自由ながら穏やかな関係を築く。しかし、それは壁のせいでもう一歩踏み込めない、窮屈な一面をもっていました。
そしてドイツ統合。押し寄せる自由主義経済の大波に、もみくちゃになる旧東独社会とスヴェン一家。やがて、生活が安定し、気持ちに余裕を取り戻したころ、彼らは、良くも悪くも以前とは変わってしまった彼ら自身を見出す。壁のこちらの夫婦愛も友情も、壁のない世界では裏切りでしかない事実。この精神的な大波に耐え、スヴェン夫妻、あるいは夫妻それぞれと主人公との関係は「何も残らない」もとどおりの穏やかな日々に戻ることができるのだろうか。
ユリアとハンス、二人の子どもの存在が効いています。時間はいつも子どもたちの味方です。

少女とトカゲ
判事の息子である主人公は、物心ついたときから、父の書斎にある一枚の絵に惹きつけられていた。父が大切にしている、少女とトカゲが向き合っている奇妙な絵。しかし、絵のことは一家の秘密で、誰にも見せず、誰にも話してはいけないのだった。
ある日、父はナチス時代の行跡がもとで公職を追われ、一家は没落。貧困のうちに成長した主人公は、例の絵が高名な画家の未発表作品であることを知る。なぜそのような貴重な絵が父のもとにあるのか。父が絵のことを公にせず、ひた隠しに隠している理由は? 絵に対する父の執着と、母の怒りは、何に基づいているのだろう。
暗い予感にとらわれつつ、画家の足跡を追った主人公は、画家とユダヤ人の妻が、戦時中父の赴任先の町に住んでいたこと、ふたりの消息が、その町で途絶えたことをつきとめます。
シュリンクの代表作「朗読者」と同じテーマの作品。ナチス・ドイツの次世代が贖罪をどのように考えるか。
ラストをどのように見たらよいのか、よくわからずにいます。主人公は、ただ逃げてしまったようにも思われるのですが。
絵について。
マグリットやダリのような具象による抽象画の感じでしょうか。いずれにせよ、極めて象徴性に富んだ画風というのが、ヒントというか、ポイントになっています。トカゲ、少女、画家、そして絵を見る主人公。結局のところ、かかわった人間のその後の運命までをも左右する、作者の意図を超えた芸術の力というもののおそろしさが、この物語の通奏低音となっています。

甘豌豆
ユーミンの歌みたいですね。女たちが豆なのかと思ってたら自分がスープにされちゃいました。

息子
一転してものすごく暗い話です。誰の願いもかなえられない。小さな息子の願いも、別れた妻の願いも、紛争国の人々の願いも、平和も、そしてちっぽけな自分の願いですら。そもそも、願いがどんなものなのか、それがあるのかないのかさえ、よくわからない。そして希望が消える。

ガソリンスタンドの女
リタイアした初老の男が、社会的な自己から解放されて自分と向き合ったとき、そこに見えたのは、今までとは全く違う自分、妻との安定した生活に居場所を見出すことのできない自分だった。
年をとると、だれでもこんな気分になるものなんでしょうか、それとも、これはやはり、人の生き方がほぼ固定していた、ひと世代前の感覚なのかな。自由イコール幸福なのだろうか。
ラストもなにやらそこはかとなく不安で、あぶなっかしいのですが、これは私の感じ方なのかな。


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