常世国往還記

本と映画のノート



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読書と映画の鑑賞記録。
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プライドの怪物

2004/10/23(土) 22:45:21



ライフ・オブ・デビッド・ゲイル(cinema)
監督 アラン・パーカー
ケビン・スペイシー 、ケイト・ウィンスレット 、
ローラ・リニー
2003年 アメリカ
死刑の確定した囚人デビッド・ゲイルから、執行直前のインタビューに逆指名された雑誌記者のビッツィーは、なぜ自分を? といぶかりながら刑務所に赴く。

彼女の前に現れたゲイルは、暴行殺人犯らしからぬ穏やかで知的な雰囲気の男だった。彼は淡々と逮捕までのいきさつを語り、これは冤罪だとを訴える。
哲学者、死刑反対運動のリーダー、若くして教授の地位を得た才能あふれる男が、よき友人であった元同僚を相手に、衝動的なレイプ殺人を犯すことなんてあるのだろうか? 
ビッツィーが判決に疑念を持ち始めたとき、何者かが彼女の宿泊するモーテルの部屋に侵入し、犯行現場を映したビデオテープを残していった。

ゲイル以外の人間が犯行に関与していたのだ! 彼女はすぐさま刑の執行停止を要求するが、根拠が薄弱であることを理由にはねつけられてしまう。
もう時間がない。
死刑執行まであと一日、自らの推理をもとに、彼女は冤罪を立証しようと奔走する。

「ああ、グリシャムの 『処刑室』 みたいな話か」 と思いましたが……

残念。ぜんぜん違いました。


それなりに見る価値はあります。
なかなか手の込んだ脚本で、ミステリとしてはよく出来ているのではないでしょうか。製作にニコラス・ケイジもかんでいるようですね。

役者のみなさんの健闘が光っています。
このところお気に入りのウィンスレットはきっぷのいいおねえちゃん役(地なの?)。
ゲイル役のケビン・スペイシーは、「ユージュアル・サスペクツ」 以来の技術的に難しい演技をこなしました。
彼のうまさがあだになって、ラストの意外性が半減してしまったくらいです。


しかし、内容的には主人公ゲイルにまったく共感できず、不快感の残る映画でした。
ケイト・ウィンスレット、アンタ泣いてないで怒らなくちゃ。

というわけで、あとはネタバレ感想。








(ネタバレ)





観た直後は、話の流れのまま、ああ全員がゲイルの手の込んだ自殺の片棒を担がされたのだなと思いました。

教え子によるレイプ訴訟は、天才と呼ばれ、若くして成功したゲイルの、生まれてはじめての挫折だったのでしょう。
事件をきっかけに、妻と息子に去られ、友人には裏切られ、職も名誉も失ってしまった彼に、同情すべき点が無いではありませんが、こうなったのも、もとはといえば彼の自信過剰のせい。身から出たサビです。
無一物になったといっても、まだ若いし、優秀な頭脳もある。ゼロから出直そうと思ったって良さそうなものなのに、それきり一気に転落してしまう。
失敗を知らない人間のもろさ。


弱いだけでなく、いや、弱いからなのか、ゲイルはほんとに性格の悪い嫌なやつです。

厳粛であるべき友人の死を茶番に仕立て、善意の運動家たちをあざむき、まじめな雑誌記者の正義感を利用する。
最初のレイプ事件の無実を証明する葉書を、最後の最後になって、いちばん嫌味なやりかたで元妻に送りつける。
とどめは事件の真相を明かすビデオテープ。よりにもよって息子のお気に入りのロバさん (ぬいぐるみ) のお腹に隠し、記者に切り裂かせるとは。まさに万死に値します (もちろん比喩的な意味で)。

ここまでやる理由の少なくとも一端は、テレビ討論で彼をやりこめて恥をかかせた相手の鼻をあかすため。信じられないほどの執念深さです。

レイプ事件をでっちあげた女子大生について、彼が 「相手より利口だってことを証明したかったんだろう」 と評するシーンがありますが、これはそっくりそのまま自分のことだったのですね。
プライドの高い秀才って、つくづく始末に悪いですね。

こうして、ゲイルによって関係者全員がまんべんなく嫌な気分になりましたが、なかでもいちばんひどい目にあったのはカウボーイ (役名忘れた) です。
愛する女性の自死に立ち会わされただけでも悲劇なのに、それを確認し記録する役目を負わされ、司法に対する一種の詐欺を手伝わされ、その上、真犯人の容疑までかけられる。

人を人とも思わないひねくれたアイデアに、どうしてここまで唯々諾々と従ったのでしょう。
死に瀕した彼女の、最後の願いを叶えてやりたかったからなのか。
死刑廃絶運動を成功させるためには多少の無理もやむを得ないとする、彼のポリシーに一致したからなのだろうか……


と、ここまで考えたところで、ふと疑問がわいてきました。

待てよ? ゲイルはほんとうは死刑になるつもりなんてなかったのかもしれないぞ。


ゲイルは、ビッツィーに自殺のビデオを見せることで冤罪を印象付け、さらにインタビュー最終日の終わり際、「僕の命は明日の執行時間までの君の働きにかかっている」 みたいなことを言って、彼女をけしかけます。
この言葉を真に受けた彼女は必死で走り回ったあげく、時間ギリギリになって、ようやくカウボーイの家で確証となるビデオテープを発見、それを持って刑場にかけつけようとするが、途中で車がエンコしてしまい、結局間に合わない。

あれ?
ひょっとして、車が無事なら間に合ったのでは?

ビッツィーの車 (レンタカー) の調子が悪いことを、ゲイルは知らなかったはずだから、ほんとうは彼女が間に合うことを期待していたかも。ぎりぎりの賭けには違いないけれど、もしかすると、彼は執行直前まで停止命令を待っていたかもしれない。
粛々と刑に臨んだわけではなく、案外、スクリーンに出なかった執行の場面では、計算外の事態に見苦しく慌てていたかもしれません。

ビッツィーの到着を遅らせた原因は、もうひとつあります。
カウボーイの家で、目指すビデオを見つけるのに思ったより時間がかかった。
真っ先に探したビデオ棚の中には無く、届いたときのまま開封されずに放置してあったので、なかなか気付かない。
無い無い無い……、あった!これだわ! という、クライマックスともいえる緊迫した場面ですが、待てよ、どうして封筒に入ったままになっていたのかな。

カウボーイはその頃、彼女が家捜しに来ることを見越して、とっくに高飛びしています。
つまり彼女がビデオを探しに来ることは、織り込み済み。
第一のビデオを彼女につかませるときは、「ここですよ~」 という感じで、わざと目立つところに吊るしておいたのに、なぜ今度はわざわざ見つけにくくしたのか。見つけさせるつもりなら、せめて開封して、テープ棚にならべておくべきでしょう。

ひょっとするとカウボーイは、最後の最後に、それとわからないくらい微妙なやりかたで、ビッツィーの調査を妨害し、ゲイルの目論見を潰したのかもしれません。
ビデオ発見に手間取る。見つけたときは時間ぎりぎりで、もしかしたら既に間に合わない。め一杯エンジンをふかして急行する。調子の悪い車はエンコする (カウボーイは車の調子が悪いことを知っています)。彼女は間に合わず、ゲイルの期待に反して死刑はとどこおりなく執行される。

後から第二のビデオによってゲイルの冤罪が証明されたところで、カウボーイの役割が自殺幇助以上のものだったと気付く者は無いだろう。唯一彼を責めるはずの男は、既にこの世に無いのだから。

こうやってカウボーイは、彼が熱愛した女性を無残なさらしものにし、彼自身の気持ちをふみにじり、利用した、冷酷で身勝手な男に復讐を果たしたとも考えられます。そして、ゲイルの死は、死刑廃絶運動のためのやむを得ぬ犠牲として、彼の中で正当化される。




もうひとつ考えがあります。

カウボーイの復讐の相手は、ゲイル一人ではなかったのではないかということです。
彼は、彼の気持ちを知りながら、彼の目の前でゲイルに救いを求めた恋人を、ゲイルと同じくらいうらんでいたかもしれない。さらに彼女は、ゲイルの計画に巻き込むことによって、二重に彼を苦しめました。

ゲイルと彼女は大学で教鞭をとるインテリですが、カウボーイはどうやらブルーカラーです。そして、そのためかどうか、彼女は彼の気持ちを知っているくせに、まったく相手にしていません。自分の家の庭仕事なんかを平気でやらせているところなど、どうやら一段下にみて、彼の好意を利用していた気配すらあります。

同じ目的を持つ運動家なのにまともに話もせず、適当にあしらっておいて、いざとなると、「淋しい」 というだけで、恋愛感情はなくても自分と対等?のゲイルに抱かれてしまう。
レイプ疑惑でバツイチで失業者でアル中のゲイルなんかより自分のほうがよほどまともな人間、カウボーイはさぞかし頭にきたことでしょう。

自分の自殺がもとでゲイルが死刑になることを彼女が予測していたはずはありません。人命尊重をむねとする彼女が、そんな計画に合意するなど考えられません。

あくまでもゲイルは冤罪が認められて助かるはずだった。
その計画を覆し、ゲイルを尊い犠牲に仕立て上げることで、自分を苦しめたゲイルと彼女への復讐を成就する。

自分を見下していた彼らを最後に出し抜くことで、カウボーイもまた 「相手より利口だってことを証明したかった」 のかもしれません。




不愉快な話で全然たのしくはありませんが、つぎつぎやってくるドンデン返しにドッキリする上、こんなホラーな見方も可能で、おもしろいことはおもしろいです。

テーマはあって無きが如し。死刑反対・人命尊重なら、「デッドマン・ウォーキング」 のようにストレートでいくべし。へんなヒネリを入れて、頭で考えた映画、頭で考えさせる映画にしてしまってはだめだということですね。

ケビン・スペイシーの 「上手に演技をする主人公」 の演技 (演劇学校の試験みたい) がうますぎて、デビッド・ゲイルの表情も台詞も怪しさがチラホラ見えてしまい、「いや何かおかしい。これで終わりのはずがない」 と思わせてしまうのが、いいのやら悪いのやら。
ことに 「真に迫ったうそ泣き」 の演技が印象的でした。
いや、うそじゃないのかな? 

うーん、よくわかりません。
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