常世国往還記

本と映画のノート



メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

10 | 2006/11 | 12
- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 - -

カテゴリー

最新の記事

過去ログ

ブログ検索

FC2ブログランキング

RSSフィード

プロフィール

かもめ

Author:かもめ
読書と映画の鑑賞記録。
日記もちょっとだけ。








ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

スポンサーサイト

--/--/--(--) --:--:--

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
スポンサー広告

誰のための大義

2006/11/14(火) 22:32:23

ミュンヘン スペシャル・エディション
ミュンヘン(cinema)
監督 スティーブン・スピルバーグ
エリック・バナ,ダニエル・クレイグ,
キアラン・ハインズ,マシュー・カソビッツ
posted with amazlet on 06.11.09

ミュンヘン五輪のイスラエル代表選手団が、パレスチナのテロ組織「ブラック・セプテンバー」に襲われ、人質となった。テロリストの要求は、イスラエルの獄中にある仲間の釈放。しかし、イスラエル側は取引に応じるつもりはなく、西ドイツの面目を賭けた救出作戦も失敗、人質全員死亡という最悪の結果に至る。
平和の祭典下で起こったありうべからざる凶行に、 世界中が震撼するなか、当事国であるイスラエルでは、報復論が沸騰、世論に押されるように、首相はテロ関係者の抹殺を決意する。
暗殺団のリーダーに指名されたのは、諜報機関モサドのメンバーで、首相の信頼厚い元護衛官アヴナー青年。 彼は4人のスペシャリストと共に、欧州に散らばるテロリストたちを手探りで捜し求める。


ミュンヘンオリンピックのテロ事件は、かろうじて記憶にあります。
この事件をきっかけに、「パレスチナ問題」というものが存在することを初めて認識し、また、「半旗」という習慣を知りました。
この作品は、事件そのものよりも、その後日談を中心に据えたものですが、映画にはエンドマークが付いても、現実には何も終わっていないのは、昨今のニュースに見るとおりです。

パレスチナゲリラによる周到な計画と、訓練された集団による非情な犯行の場面から始まった画面は、その後一転し、諜報員とはいっても、テロなど未経験の素人集団が、突如国の尖兵に指名され、右往左往するという、妙にリアルなストーリーが展開します。
特に、お金の話が出てくるところがおもしろい。確かに、こういうことって、ずいぶんお金がかかるでしょうね。それになんたって、みんなユダヤ人ですから、金銭にやたらと細かいのです(笑)。といっても、ケチなわけではなくて、ふんだんに使わせてはくれるのですが、情報取得や工作で経費を使うたびに、領収証を要求されます。(いちいちそんなことしてたら、対外的に証拠が残っちゃいそうな気がするんだけど、それはいいのかな。)
無意味な金は一銭も出さないぞ、ということですね。まあ、日本の、特にお役所関係などは、ちょっと見習ったほうがいいかもしれません。

いきなり暗殺してこいったって、ああた、相手がどこにいるかもわかんないし、殺しなんてやったことない! おっかなびっくり、それでも、同胞を惨殺された恨みを胸にがんばる彼らですが、事は教科書どおりには運ばず、予想外の展開が連続。心臓バクバク。
そんな「普通の人々」も、殺人を重ねるうちに、正常な感覚を失いはじめます。彼らの行動に気づいた相手方も、当然、阻止と報復のために動き出し、四六時中緊張の解けない毎日が続くなかで、神経をずたずたにされ、人間がすさんでいく。イタリアンブランドのモデルみたいにかっこいい青年(足長い~)が、徐々に、幽鬼のようなプロの殺人者に変貌していくようすが凄い。

一方、任務の過程で、異なる考え・思想を持つ多くの人々と出会い、一国内での閉鎖的な感覚から解放されるにつれて、彼らの中で、暗殺行為の正当性に対する絶対的な信念が、少しずつ揺れ始めます。

アブナー青年は、料理が得意という設定なのですが、一仕事終わるたびに、仲間に凝った郷土料理をふるまう場面が印象的です。ユダヤ教は食べ物に関する戒律がやかましく、コーシェルと呼ばれる「清浄食」以外は口にしてはいけない、という事情も手伝って、ユダヤ教徒にとって、「同じ食卓を囲む」というのは、特別な意味があるらしい。生命の基本である食事の用意をし、仲間とともに食べることで、互いの結束を強めると同時に、かろうじて人間性を維持し、いわば、殺人の罪から聖別されるようすが描かれます。

しかし、そのような儀式による救いにも、限界があります。
国家という、一つの家族の名誉のために、自分自身の家族とは離れ離れになり、また、同じ釜の飯を食う仲間、もう一つの家族を危険にさらす。そして自らも…。
彼の内側では、どんどん「収支」が合わなくなっていきます。

いちおう、スピルバーグ的救いのある結末にしてありますが、これだけのことをやっておいて、こんなに簡単に済むはずがない。
問題提起という観点からは、最後はちょっと腰砕けのように感じました。

 
スポンサーサイト
見た映画(DVD)TB:1CM:0
ホーム全記事一覧
Copyright(C) 2006 常世国往還記 All Rights Reserved.
template designed by 遥かなるわらしべ長者への挑戦.
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。