常世国往還記

本と映画のノート



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かもめ

Author:かもめ
読書と映画の鑑賞記録。
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男根崇拝

2006/07/28(金) 21:11:57

ファイト・クラブ スペシャル・エディション
ファイト・クラブ(cinema)
監督 デビッド・フィンチャー
ブラッド・ピット,エドワード ノートン,
ヘレナ・ボナム・カーター
posted with amazlet on 06.07.28
20世紀フォックス・ホーム・エンターテイメント・ジャパン (2005/04/22)


大手自動車会社で事故調査にたずさわる主人公は、時差含みの長距離出張を繰り返すうちに、重症の不眠症にかかってしまった。睡眠薬を処方してもらおうと病院に行くが、医者は「不眠症で死ぬ人はいない」とつれない返事。「この程度のことで深刻がるなんて大げさ。ガン患者のセラピーにでも行ってみれば?自分が恥ずかしくなるよ」という乱暴なアドバイスに従って、患者と偽って難病セラピーにもぐりこんだ主人公は、本物の患者たちに混じって涙を流すことで、意外にも癒され、熟睡を取り戻すことが出来た。
以来すっかりセラピーのとりこになった主人公は、今日は末期ガン、明日は結核患者の会とはしごをするうち、どこの会場でも見かける嫌な感じの女、マーラの存在に気づく。彼女もセラピーを趣味にしていたのだ。
ニセ患者の正体を見透かされているようで落ち着かない主人公は、再び不眠症に。彼は思い余って、ある日ついにマーラと対決、なわばりを分割する取り決めを結んだ。もう彼女と鉢合わせする気遣いはなく、ほっとする彼だったが、どういうわけか、その後も安らかな眠りは戻ってこない。

最初に観たときは、てっきりガイ・リッチー作品かと思いました。ト書きのような無表情なナレーションで画面転換していくスタイルが「スナッチ」そっくりだったので。
しかし、乾いたユーモアや記号の氾濫は「スナッチ」に近いけどナンセンスではなく、それなりのメッセージ性や、ぐちゃぐちゃ・血まみれのグロさは確かにフィンチャーです。

イメージや記号がてんこもり。不可解な出来事の連続に、観客は翻弄されます。そこがこの映画の面白いところ。多分、デビッド・リンチ監督作品のように、はっきりした“正解”は用意されていないのだと思います。“誰だろう”“何だろう”“このあとどうなったのかな”などと、考えるのが楽しい作品。よって、観る人を選びます。いわゆるハリウッド的な、一発でわかる映画が好きな人には向きません。

私のまわりのブラピファン+平和愛好家の皆さんが、口をきわめて酷評していたので、今まで敬遠してきましたが、もっと早く見れば良かった。確かに暴力シーンは強烈ですが、これはまったく暴力映画ではありません。
ただし、ブラピを鑑賞するのに適当な作品かどうかは…。熱演なんだけど、悪くはないんだけど、この役、別にブラピが演らなくても良かったよね。主役はあくまでもエドワード・ノートン@名無しだしね。
 

以下は、勝手読み。ネタバレごめんくださいまし。

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闇の領分

2006/07/27(木) 15:59:41

夜が終わる場所
夜が終わる場所(book)
posted with amazlet on 06.07.27
クレイグ ホールデン 近藤 純夫訳
扶桑社 (2000/03)


マックス(おれ)とバンクは幼馴染の親友同士。見た目も性格も育ちも全く違ってはいるが、中年を過ぎた今も、同じ警察署に勤務している切っても切れない仲だ。
ある朝、夜勤明けの二人が一緒に朝食をとっているところへ、ローティーンの女の子が失踪したとの連絡が入る。眠い目をこすりこすり、応援にかけつける二人。
ところが、この事件にかかわった瞬間から、バンクは正気を疑うほどの勢いで、捜査にのめりこんでいく。彼の娘も、七年前、同じように突然姿を消したのだ。バンクの暴走気味の仕事振りをみるにつけ、マックスは彼のまだ癒えぬ心の傷を思い、胸を痛める。
署をあげての取り組みで、少しずつ捜査が進展するにつれて、事件は当初の“汚れなき少女の悲劇”とは違った様相を見せ始めた。しかし、地道に証拠を集めるマックスをよそに、バンクも、少女の母親も、女性刑事キャサリンも、そして少女についての情報をほのめかすマックスの娘ナオミも、それぞれが先回りして何かをつかみ、何かを隠しているようだ。
彼らは何を知り、何のために隠すのか。嘘と真心の境目はどこなのか。そして失踪した少女の安否はいかに。


七年を隔てた出来事が、並行して語られます。似ているようで似ていない二つの事件が、バンクを中心にからみあい、その外縁でどこか傍観者的なマックスも、やがてバンクに引きずられるように、人間として、また父親としての正常な感覚に目覚めていく。それは小学校時代、二人が出会った頃の関係そのままのようでもあるのですが…。


スタンダードな警察小説の体裁をとりつつ、バンクとマックスの、ある種の典型的な友情に焦点を当て、マチズモの抱える問題や、父と娘、あるいは養父母と養子にまつわる困難、家庭の問題に端を発する非行など、さまざまな人間関係の悲劇を描いた小説。
「ミスティック・リバー」と似た陰鬱な話ですが、より強烈にシニカル。というのも、何が真実で何が嘘か、誰が被害者で誰が加害者(犯人)か、何が善で何が悪かも、最後にはわからなくなってしまうからです。
問題解決で終わるミステリのお約束を逸脱したものとも言えます。

ミステリ小説になれた人向けの落とし穴がたくさん用意されているので要注意です。
私は四つくらいひっかかりました。汚れた発想に自己嫌悪(泣)。


 

読んだ本TB:0CM:0

みんなの恋の物語

2006/07/26(水) 22:14:26

ラブ・アクチュアリー
ラブ・アクチュアリー(cinema)
監督 リチャード・カーティス
ヒュー・グラント,リーアム・ニーソン,
エマ・トンプソン,アラン・リックマン,
コリン・ファース,キーラ・ナイトレイ,
ローワン・アトキンソン
2003年 イギリス
posted with amazlet on 06.07.19


せつない恋、耐える恋、奪う恋、チョーシいい恋、おかしな恋、可愛い初恋に、しんみりした大人の恋…、市井の人々の、ちょっと素敵なふれあいを、同時進行のオムニバス形式で描いたクリスマス映画。
実力派俳優をずらりと揃え、サービス満点です。個人的には、クリントン元大統領のスキャンダルをパロった話で首相役のヒュー・グラントが可愛かった(まあ、どう考えても首相には見えないけど)のと、アダルトビデオの俳優同士のお話が良かったかな。聖誕劇の海産物にも笑った(なんでエビやタコが…)。

軽くて楽しい作品ですが、独り者が観るにはつらいかも。

 
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おんにょろ騒動記

2006/07/25(火) 18:11:56

トレマーズ
トレマーズ(cinema) 
監督 ロン・アンダーウッド
ケビン・ベーコン,フレッド・ウォード,
フィン・カーター マイケル・グロス
1989年 アメリカ
posted with amazlet on 06.07.25
ユニバーサル・ピクチャーズ・ジャパン (2006/04/19)

ネバダ州の砂漠地帯で、局地的な群発地震とともに、家畜の全滅や、失踪者の頻発など、奇妙な出来事が相次いだ。孤立した集落では、外部への連絡もままならず、住民たちが手をこまねいている間に、地震の主である大ナマズ、じゃなかった、謎の巨大地下生物が地表へあらわれ、逃げまどう人々に襲いかかる!


またB級映画を観てしまいました。
「ジョーズ」のパクリ映画の一つなんだそうです。そういえばそうかも。
とっても単純なビックリホラーで、変に気取った理屈のないのがいいところです。


物凄い怪物が出てきたのに、「どこから現れたのか(地球外生物?)」とか、「なぜ今現れたのか」とか、誰も、ぜんぜん考えません(科学者も居合わせているのだが)。
うわー、出たー!と騒いでいるだけ。次々に人が殺されちゃって、大変なことになってるのに、あんまり深刻になる人がいない。何故かみんなひょうひょうとしているのが笑えます。
孫の代まで語り継がれる“田舎の大事件”の雰囲気。戦い方も武器も、お金をかけないB級映画らしく、非常にチープですが、それなりに整合性があって、きちんとまとまっているのは立派。


ケビン・ベーコン、ほんとにB級向きの人ですねえ。「インビジブル」なんかもそうでしたけど、彼が出ているだけで、どんな緊迫のシーンもお笑いが入ってしまいます。演技が軽いんでしょうか。なにしろ独特の味わいのある俳優さんですね。大好きです(笑)。


怪物のデザインもなかなかでした。二重構造がステキ。ぬいぐるみに作ると、可愛いかも。

 

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Blog Write が重宝な件

2006/07/24(月) 17:16:52

最近、投稿用に Blog Write を導入しました。なかなか便利です。
例によって直感で使っているため、まだ機能をちゃんと使いこなせていないのですが、目下のところ、ブログ投稿に関しては、ほぼこのソフト一本でできるので、とても満足しています。

ブログサービスのアカウントを登録しておくと、自動でログインして記事をアップできます。
Pingやトラックバック先を設定しておけば、アップと同時に送信できます。
幅広いサービスに対応。もちろんFC2もOKです。

FC2の泣き所、Ping送信の不安定は、これでスッキリ解決。
フリーの“ブログぴんぴん”を使っても、できることはできるのですが、ソフトを別に起動しなくてはならないところが少々面倒。時々送信するのを忘れちゃったりするので。

あと、ローカルで作業して保存できるところがすぐれものです。
せっかく書いた文章が、もののはずみで消えちゃった!なんてアクシデントから解放されます。
過去記事も呼び出して、変更できます。一旦アップしたあとで、繰り返し書き換える記事(うちの作品名索引とか)などは、呼び出した現行記事を書き換えて、下書き保存しておけば、いちいち変更のたびにアップしなくても済むので助かります。ローカルで変更しておいて、月イチくらいの割で更新しようと思っています。

ただ、今のところ、BlogWrite上で書いた(または書き換えた)記事しか保存できません。
記事を全部取り込めると、バックアップにもなって、助かるんですけどね。
あちこちから要望は出ているようなので、そのうち対応してもらえるかもしれません。

20日間のお試し期間を経て、先日晴れて正規版にグレードアップしました。
複数アカウントの登録をはじめ、フリーのお試し版とは機能にかなり差があるので、(宣伝するわけじゃないけど)これは断然正規のほうがいいと思います。雛型機能もGood。

実は、RSSリーダーとして使っているglucose(goo rssリーダーの基になったブラウザ型ソフト。フリー)にも、ローカルからblog投稿できるエディタ機能がくっついていて、これはこれで使い勝手がいいのですが、残念ながら、今のところ一般サービスではgoo blogとlivedoorblogしか対応していない。
FC2もそろそろ出来るようになるかなーと思って待っていたんだけど、当分なさそうなので、しびれを切らしてこっちを入れた。
さすがにシェアウェアだけあって、これはこれでよくできていますから、買ってよかったです。

凝ったことをやりたければ、デザインモードが便利らしいんですが、どうも使い方がよくわからんので、私は慣れたHTMLモードのほうで書いています。
デザインモードで書いたものを、HTMLのほうで開くと、ぎょっとするようなソースで出てきます。こんなことになっちゃうんだ…。
こういうのも、慣れればきっといい使い道があると思うんだけど。

まあ、HTMLモードでも、自動改行やリンク付けくらいはやってくれるので、特に不便はありません。
出来れば、タグ挿入をもう少し簡便化したいところですね。何か良い工夫はないか、考えてみましょう。
他に目下の課題としては、プレビュー画面のカスタマイズです。
今いろいろとやってみているところです。

 
なみま雑記TB:0CM:2

見ている私を見る話

2006/07/23(日) 17:15:45




脳内の記憶伝達物質を研究する孝岡は、国内随一の脳研究施設ブレインテックに招聘された。彼の発見したある因子が、ブレインテックの関心を引いたのだ。
家庭内の問題から逃げるように単身赴任してきた孝岡の前に現れたのは、辺鄙な山奥にあるまじき大規模な研究施設群。そこでは、最新の機器を駆使しながら、ヒトの脳にかかわるありとあらゆる研究、とりわけ、人工脳の開発と、てんかんなど脳疾患の検査や類人猿の行動調査に基づく脳の機能分析が、海外の施設とも連携しつつ、驚くべきスピードで進行していた。
想像を超えた状況に度肝を抜かれる一方で、奇妙な胸騒ぎを感じる孝岡。やがて彼は、研究所に出入りする白装束の謎の女性、船笠鏡子の存在を知る。地元の村の霊媒的存在である彼女は、特異な症状をもつてんかん患者で、どうやらてんかん研究の最も重要な対象らしい。
ところが、彼女に触れた瞬間から、孝岡の周辺で、数々の“超常現象”が起きるようになった。
幻覚か、現実か。説明のつかない“体験”に悩みながら、彼はブレインテックの秘密、真の研究目的に気づき始める。


てんかんとスティグマという、古い迷信を軸に、現代の見神実験を描いた大作。
読み応え充分です。作者の専門分野、とはいっても、全部が全部自家薬籠中というわけではないだろうに、広範囲の裏づけをしっかり取ってあるところといい、「X-ファイル」みたいなオカルトに堕ちるか、本格SFの力技を見せるのか、最後の最後まで予断を許さない緊張感といい、そんじょそこらの科学よみものとは一線を画す力作です。

作中で丁寧な解説があるとはいえ、前半の専門用語の多さに、慣れない読者は閉口するかもしれません。
SF読むならこのくらいはついて来いよ、ということなんでしょうけど、読み進むうちに忘れてしまうこともあるので、膨大な参考文献一覧なんかどうでもいいから(学術論文じゃあるまいし)、簡単な術語集くらい付けておいてくれてもよかったのに。まあ、これは作者じゃなくて編集の仕事だと思うけど。

それにしても、西欧人作家が、印度哲学から「地球幼年期の終わり」を発想し、日本人作家が、「キリストの変容」に基づいて、宗教を題材にしたSF小説を書くって面白いですね。慣れ親しんだ日常より、異文化のほうが、空想を誘うのでしょうか。


惜しいなと思うのは、実験の成り行きと並行した、もう一つのメインストーリーである孝岡の“自分探し”が、ネタを振って期待させるだけさせておいて、何となく中途半端に終わること。あれっ?これだけ?

それから、「パラサイト・イヴ」がそうだったように、この話も基本的に研究室から一歩も出ないお話であること。大変な事が起きているようだけれど、結局は、(村も含めて)実験施設という、ごく狭い世界の中での、特殊な人たちの間で起こった、特殊な事件にすぎない。
たとえば、作中にも「失われた黄金都市(コンゴ)」で引き合いに出されるマイクル・クライトンなどは、実験結果が実験室外に出て、制御不能になる話(「コンゴ」もある意味そうだし、「ジュラシック・パーク」や「プレイ」や、その他もろもろ)が得意ですが、ネタは単純で、大衆向きでも、現実感が全然違います。(そういえば、クライトンにも神秘実験の話があったっけ。)
何かと差しさわりが多くて難しいとは思いますが、既成の宗教、あるいは新興宗教の社会的な活動(オウムとか)などとからめると、オタク度が薄れて、スケールがぐんと広がったでしょう。



「参考文献」には上がっていなかったようですが、月齢と行動変化に関しては、こんな本も。品格先生、藤原正彦御夫妻の翻訳。妙な研究もあったものです。おもしろかった。

月の魔力 アーノルド・L. リーバー


類人猿の言語習得実験のところで出てくる、ニム・チンプスキー(ノーム・チョムスキーのもじりなんだよ)の話は、大昔に読んだ。(ニム―手話で語るチンパンジー

ニムの実験の頓挫が、類似の諸実験の幕引きになったことは確かなのだろうけれど、作中で言われているように、実験者のテラス博士が言語習得の可能性を否定したわけではなく(だって、そもそも生成文法論の否定が目的だったわけだし)、期限内に思うような結果が出なかったため、研究費が打ち切られ、実験を継続できなくなってしまったという話じゃなかったかと思う。
本の最後のほうには、資金獲得のための苦労話が縷々書いてあったと記憶しています。

多分、ニム実験の打ち切りによって、以後この手の実験にはスポンサーがつかなくなり、実質研究不能になったというのが真相ではなかったかと思います。「アメリカの研究者は、まず出資者を口説いてお金を貰わないと研究できないんだなあ」と、変なところに感心しました。
先日、研究費をパクってつかまった教授がいたけど、法人化や何やで、日本の研究者もお金の苦労が多くなるのでしょうね。


 

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ピーターパン・シンドローム

2006/07/22(土) 14:38:49

ハウルの動く城
ハウルの動く城(cinema)
監督 宮崎駿
2004年 日本
posted with amazlet on 06.07.22
ブエナ・ビスタ・ホーム・エンターテイメント (2005/11/16)
売り上げランキング: 3


おしゃれもしない、デートもない。派手好きの母への反発から、仕事だけが生きがいの、婆くさい娘ソフィーは、ひょんなことから「娘たちの魂を抜く悪魔」(どうみても比喩です)と人々に恐れられる、金髪碧眼のイケメン魔法使いハウルと出会い、彼と荒地の魔女との争いに巻き込まれて、魔女の呪いでほんものの老婆に変えられてしまった。
さすがに困ったソフィーは、ハウルの住む奇妙な移動住宅に掃除婦としてもぐりこむ。ところが、一見クールで万能のハウルは、実は、見栄坊のくせにだらしなくて、えらく気弱なダメ人間。弱虫の自分をごまかすために、魔法やまじないの力を借りて、虚勢を張っていたのだ。ソフィーの窮状を察しても、何もしてくれないばかりか、王宮からの戦争協力要請に対して、「恐くて直接断れない」からと、彼女を代理に立てる始末。
憤慨しながら、しぶしぶ王宮に向かうソフィーの前に、荒地の魔女が現れた。


さて、珍しくも連日のTV映画鑑賞。金曜ロードショーにて。
テレビ放映用に、かなりカットされていたのでしょうか。どうもお話がうまくつながりません。特に、タイムスリップと火の悪魔の契約のところは端折りすぎですね。
一方で、いらないエピソードがしっかり入っていたり。そのせいで、かえってメインストーリーがわかりづらくなっちゃったり。主人公の心理描写も、なんだかコマ落としみたいにぎこちなくて、不自然な感じです。
老女の姿がソフィーの内面を表しているように、おどろおどろしい“ハウルの城”がハウルそのものだった、というところは面白いのですが。

“トトロ”や“千と千尋”ほど分かりやすくもなく、“もののけ姫”ほどビジュアルでもなく、ファンタジーだけど、冒険物というよりはラブストーリーで、まあエヴァンゲリオンのジブリ版と思えばいいかな。アニメといえば、無難なファミリー仕様を期待する海外で、イマイチ受けが良くなかったのも無理はありません。
お子様が見ても別に問題ありません(キスどまり)が、主なターゲットは中高生でしょうね。

それにしても、聖少女幻想って、そろそろ飽きてきませんか。今度のゲドにも出てくるみたい。
こういうの、いつまでやるつもりなんだろう。



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大人菌に感染

2006/07/21(金) 20:26:29

パラサイト
パラサイト(cinema)
監督 ロバート・ロドリゲス
ジョシュ・ハートネット 、ジョーダナ・ブリュースター 、
イライジャ・ウッド 、ショーン・ハトシー
ロバート・パトリック 、ファムケ・ヤンセン
1998年 アメリカ
posted with amazlet on 06.07.20
ハピネット・ピクチャーズ (2006/04/28)


前から気になっていたのですが、ちょうど木曜洋画劇場でやってくれました。ラッキー。吹き替えは微妙だけど、そこは我慢。

明日のトップスター、期待の若手俳優をズラリとそろえ、脇をベテランの渋い演技で固めて、クリーチャー、スプラッタ、なんでもありのハチャメチャな展開で、ロングセラーB級映画のお手本です。

高校生の妄想大爆発みたいなお話。先公はエイリアン、優等生はその手下。気になるあのコにオールヌードで迫られちゃったり、美人女教師が胸の谷間もあらわに「アタシが大人にしてアゲル~♪」。そしてヘタレがヒーローに?
まあ、笑ってやってくださいということで。
結局、全員やられちゃったんじゃないのか?と思うようなラストですが、いいじゃないか。幸せならば。

 
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他者の痛み

2006/07/20(木) 21:31:40

災厄の天使(book)
posted with amazlet on 06.07.19
ロシェル・メジャー クリッヒ 高橋 裕子訳
東京創元社 (1998/11)


ユダヤ人弁護士バリー・ルイス宅の扉に、旧約聖書を引用した殺人予告ともとれる落書きがあった。彼は現在、事もあろうにネオ・ナチの“表現の自由”をめぐって、ユダヤ人団体と係争中。同胞たちから何かと非難されている最中だったので、この件も一連のいやがらせの一つと思われた。
通報を受けて現場に派遣されたのは、殺人課の女性刑事ジェシー。「殺人があったわけでもないのに、こんなイタズラ程度の事件になんで私が?!」上司のパワハラにおかんむりの彼女だが、捜査を進める過程で、ユダヤ文化とホロコーストの残した傷についての理解を深め、ホロコースト否定論者の主張に憤りをおぼえるようになっていく。
しかし、“法のもとの平等”によって活動を保障されたネオ・ナチ団体はデモを決行、妨害に入ったユダヤ人たちとの小競り合いで、遂に犠牲者が出てしまう。いよいよ窮地に陥る“裏切り者”のルイス弁護士。一方、ジェシーは彼女自身のルーツにひそむ謎に突き当たった。


社会派ミステリです。著者の執筆動機も意義もよく理解できるのですが、しかしやはり、ミステリとしては失敗でしょう。
ネオナチ対ユダヤ人、という時点で、ほぼネタバレ状態。あまりにも善玉悪玉がハッキリしすぎています。
ユダヤ系の人々がホロコーストで受けた心の傷と、トラウマの反復も、さもあろうとは思うけれど、すべてのユダヤ人が心を病んでいるような書きかたは、かえって問題があるのではないでしょうか。
また、ルイス弁護士の行動も、ホロコースト二世のトラウマと関係するのでしょうが、その辺の事情がうまく描けていないために、頑固で反抗的で青臭いティーンエイジャーみたいに見えてしまい、感情移入できないのは、物語の展開上、非常なマイナスです。
意欲的なテーマを扱った作品だけに、残念な気がします。


↓すごくイヤーなお話ですが、同じような題材を扱った小説としては、こちらのキング作品のほうがずっと面白いし、説得力があります。

  ゴールデンボーイ―恐怖の四季 春夏編(book) スティーヴン キング

これだけだとあんまりなので、「ショーシャンクの空に」の原作「刑務所のリタ・ヘイワース」(短編)を同時収録してあります。



 
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旅路の果てに

2006/07/19(水) 14:41:45

日の名残り コレクターズ・エディション
日の名残り(cinema)
監督 ジェームズ・アイヴォリー
アンソニー・ホプキンス,エマ・トンプソン,
ジェームズ・フォックス,クリストファー・リーブ,
ヒュー・グラント
1993年 アメリカ
posted with amazlet on 06.07.15



イギリスの小説なのにアメリカ映画だし、原作が良かったので、イメージの差にがっかりするかもと、あまり期待せずに見たのですが、意外に成功でした。

なるほど、こういう雰囲気だったのか。
英国を知っている人なら、原作だけで充分想像できるのでしょうが、かの地に行ったことも無い私には、ナントカホールと言われても、いまいち具体的に思い浮かばない。
映画のおかげで、目からウロコのシーンがあちこちにありました。
スティーブンスがご主人様から借りたのが、とんでもない車だったこととか、 スティーブンスの言葉づかいが、おそろしく堅苦しい英語であることとか。

その一方で、おそらくストーリーをより際立たせるためでしょうが、屋敷の新主人を、因縁のあるルイスに設定したことや、ナチの外交官たちのいかにもな態度など、小説の(スティーブンス並みに)控えめな雰囲気を壊す部分もちらほら。

それと、主演俳優の年齢差のせいなのか、原作ではソコソコ恋愛感情と受け取れたスティーブンスとミス・ケントンのやりとりが、どういうわけか映画ではかえってはっきりしなくなってしまいました。何故だろう?

バス停の別れは、スティーブンス視点でない映画のほうが、むしろ哀切でした。彼女の涙は、後悔ではなく、彼を残して自分一人がバスに(人生の流れに)乗って行く苦しさだったのですね。

 
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斜陽

2006/07/19(水) 14:33:37

小説も映画も、ずいぶん前の感想ですが、ジーヴスが思い出させてくれたのでup。


日の名残り
日の名残り(book)
posted with amazlet on 06.07.15
カズオ イシグロ Kazuo Ishiguro 土屋 政雄
早川書房 (2001/05)


郊外のお屋敷ダーリントン・ホールで執事を勤めるスティーブンス。
彼の精勤ぶりは、現在の主人である米国人ファラディ氏の賛嘆の的だが、彼自身は老境にさしかかって、仕事に限界を感じ始めていた。また、彼の心はいまだ、亡くなった前主人ダーリントン卿とともにあり、変わり行く屋敷の暮らしぶりに違和感を覚えてもいるのだった。
ある日、彼は休暇を利用して、ダーリントン卿時代の同僚ミス・ケントン(ミセス・ベン)を呼び戻しに出かけることを思い立つ。有能な女中頭だった彼女に仕事の補佐を頼むのが主な目的だが、それは、一部には、過ぎ去った幸福な若き日への郷愁からでもあった。
以下、物語はスティーブンスの道中記に、過去の記憶を重ね合わせて辿っていきます。


執事というと、漠然と、使用人の中でいちばんえらい人くらいにしか理解していませんでした。もちろん、一般の使用人が出世してのぼりつめることもあるけれど、これはこれで、特殊なプロなのですね。
屋敷の支配人、といったところでしょうか。とにかく、経理、人事、総務から各種イベントの手配まで、ありとあらゆる屋敷の雑事を統括する役職のようです。したがって、例えば各国首脳を私邸に集めて××会談を催すなどということは、有能な執事無しにはかなわない。
政界の重鎮だったダーリントン卿の活躍は、裏方の一切を取り仕切ったスティーブンスと表裏一体になって成し遂げられたものでした。

昔ながらの田園風景をゆく道すがら、スティーブンスは卿とともに過ごした得意の日々を楽しく思い返します。数々の著名な客人から受けた称賛、思いやりのある主人だった卿や、卿を囲む人々との交流、そのエピソードごとに、ミス・ケントンとの反目や友情、そして恋と呼ぶには節度のありすぎる、微妙な愛情がからんでいます。

しかし、旅が進むにつれ、思い出は次第に苦しいものへと様を変えてゆく。
旧世代の人間らしく、なにより品格を重んじたダーリントン卿であり、執事スティーブンスでしたが、あまりにも高い矜持ゆえに、大切な人の心をないがしろにし、時代の流れを見誤り、結果として卿は失脚。主を失ったスティーブンスは、ミス・ケントンの去った空っぽの屋敷とともに、時代からも人生からも取り残されてしまう。

誠実な執事であることが人生のすべてだったスティーブンス。尊敬する主人と、愛する屋敷と、身も心も一体だったスティーブンス。
しかし、いつのまにか、現在の主人ファラディがそうであるように、誰にとっても個人の幸福が最も重視される世の中になりました。職業はそのための単なる手段にすぎません。もはや、社会的な地位や職業そのものをアイデンティティとする生きかたは、とうに時代遅れになっていたのです。

旅の終わりに、スティーブンスは、はたして新しい人生を見出すことができるのか。
彼の名残りの日々が少しでも明るいものであるよう、願わずにはいられません。

 
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日の盛り

2006/07/18(火) 21:16:24

それゆけ、ジーヴス
P.G. ウッドハウス 森村 たまき訳
国書刊行会 (2005/10)


ノンキでお気楽な、イギリスの独身貴族バーティーと、折り目正しい執事の鑑ジーヴス。デコボコ主従の周囲に起こる騒動を描いた、落語的ユーモア短編シリーズ。
毎回バーティーたちが巻き込まれるばかげたトラブルを、ジーヴスが抱腹絶倒のアイデアで鮮やかに解決してゆきます。バーティーと、文語なら候文みたいな、むやみに堅苦しいジーヴスの軽妙な掛け合いが絶品。
一話の長さもほどほど、肩の凝らない軽い読み物で、旅先の気楽な読書にお勧めです。


ジーヴス登場: バーティーとジーヴスのなれそめ編。バーティーは婚約者フローレンス嬢の強硬な頼みで、心ならずも泥棒の真似事をさせられ、現場を見られて大ピンチ。新入りの執事ジーヴスの機転で、辛くもその場を逃れたが…。

コーキーの芸術家稼業: 第二話以降は、主にバーティー渡米中のエピソードです。
バーティーの遊び仲間の一人、画家志望のコーキーは、目下叔父に養われているフリーター漫画家。可愛いコーラスガールのミュリエルと結婚したいが、頑固者の叔父さんは認めてくれそうもない。相談を持ちかけられたバーティーは、ジーヴスの頭脳を借りて一計を案じます。ところが事態は意外な展開を見せ…。

ジーヴスと招かれざる客: バーティーの保護者にして最強の支配者、おそるべきアガサ伯母さんの友人、レディー・マルバーンが、息子を伴って、突然ニューヨークのバーティー宅に登場。伯母さんの同類で、万事強引なマルバーン夫人は、一方的に“内気で引っ込み思案のモッティーちゃん(23)”の面倒をみるよう言いつけ、息子を残して随筆の取材旅行に出かけてしまった。ところが、母親の前では借りてきた猫のようだったモッティーは、とんだ食わせ者で、バーティーもあきれるほどの連日の御乱行が、遂に警察沙汰にまで発展して…。

ジーヴスとケチンボ公爵: アメリカで立派にやっている、という触れ込みで貴族の伯父上から仕送りを受けているビッキーは、突然伯父がやってきて大慌て。実は彼は全く仕事などしておらず、仕送りだけを当てにして、毎日遊び暮らしていたのだ。こんなことがバレたら、怒られるばかりか、ドケチの伯父さんは仕送りを止めてしまう! 何とかしてくれバーティー! というわけで、バーティーは自分のフラットを、一時的にビッキーに貸してやることにしたのですが…。

伯母さんとものぐさ詩人: ロッキーは、アグレッシブな作品で知られる売れっ子の詩人。バーティーの友人の中では、親や親類の世話にならずに自活している例外的な存在だ。しかし彼の実態は、作品のムードとはまる逆の、超ものぐさ太郎。一と月に三日だけ働き、あとはほとんど寝て暮らす、インドア派のひきこもりなのだった。そんな彼のもとに、イギリスで暮らす病身の伯母から手紙が届いた。外出できない自分にかわって、あこがれの大都会ニューヨークのイケイケ生活を体験し、その様子を手紙で知らせてほしいという。「人ごみが大の苦手のオレが、そんなことしたら死んじまう!」かといって、将来たんまり遺産を残してくれそうな、資産家の伯母さんを失望させたくはない。というわけで、情報通のジーヴスが、彼に代わってニューヨーク・ホットスポットレポートを作成することになり…。

旧友ビッフィーのおかしな事件: 忘れんぼで方向音痴のビッフィーは、旅行中の船上で運命の女性と恋に落ち、結婚の約束を交わした喜びも束の間、船を下りたとたんに彼女を見失ってしまう。帰国後、彼は失意のあまり自棄になって、とんでもない女性と婚約を。「彼女だけはやめろ! この縁談、なんとか壊さなくちゃ」友達の不幸を見過ごすことのできないバーティーは、いつものように一肌脱ごうと決意。ところが、頼みのジーヴスは、今回に限って何故か冷たい。どうしたんだジーヴス? バカの相手をすることに疲れちゃったのか?

刑の代替はこれを認めない: 酔っ払ったバーティーのイタズラで、気の毒なシッピーは拘禁刑をくらってしまった。この不名誉もさることながら、刑期中、かれはよんどころない事情から、ケンブリッジのプリングル家にどうしても滞在する必要があったのだ。責任を感じたバーティーは、ジーヴスの入れ知恵で、シッピーになりすましてプリングル家に向かう。ところが、プリングル一家は予想以上に手ごわい相手で、バーティーは更なるトラブルに巻き込まれてしまう。

フレディーの仲直り大作戦: 最愛の婚約者から三行半を突きつけられたフレディー。バーティーは、その打ちしおれた哀れな様子を見捨てておけず、海辺の町へヴァカンスに誘う。と、なんたる偶然、彼を振ったエリザベスが近くに滞在しているではないか。二人の関係修復のため、バーティーは一芝居打つことにしたのだが…。

ビンゴ救援部隊: 女流作家のロージーと愛の巣を営むビンゴは、婦人雑誌に掲載予定の妻の原稿に大慌て。なんとそれは、二人の結婚生活を面白おかしく暴露したものだったのだ。こんな恥ずかしいシロモノが人目に触れるくらいなら、死んだほうがましだ! だが、ロージーは男のプライドについては全く理解を示してくれない。ビンゴに言いくるめられて、原稿抹殺に手を貸したバーティーは、案の定トラブルに巻き込まれて絶体絶命に。

バーティー考えを改める: ジーヴスを語り手とする一編。
単調な独身生活に飽いたバーティーに、「身を固めよ」という悪魔のささやきが。いけません旦那様。一時の気の迷いによる結婚は、常に不幸のもとでございます。ジーヴスは、主人の考えを改めさせるべく、荒療治を試みます。ジーヴスの策略にまんまとひっかかった哀れなバーティーは、七転八倒。




ニートのオンパレード。
バーティーならびに友人たちは、いずれも働かなくても生活できる結構なご身分。彼らは金持ちの親類の相続人または相続人候補で、伯父さん伯母さんから(贅沢なフラットを借り、執事が雇えるほどの)仕送りを受けて生活しているのです。領地経営をするでもなく、もちろん税金など払っている様子は皆無で、堂々とお暇なのらくら生活をエンジョイしています。うらやましいですね。
たまたまお財布係のヘソが曲がって、財政ピンチに陥っても、いきなり就職して自活しようなんて考える物好きはいません。まずはジーヴスに知恵を借りて相手のご機嫌を取り結ぶか、もしくはその辺に別のお財布が転がっていないか必死で探し回ります。働いたら負けですからね。

少子化が進んで、子無しのリッチな夫婦が増えると、この種の相続人需要が復活するかもしれません。お若い皆様、お金持ちの親戚は大事にいたしましょう。

それにしても、バーティーが述懐するとおり、こんなに優秀なジーヴスが、一執事に留まって、馬鹿旦那やアホな友達のためにせっかくの能力を空費しているなんて、現代から見ると、身分社会はまことに不可解かつ不合理です。

 
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悪魔の方法論

2006/07/13(木) 18:07:33




第二次大戦下、ナチスドイツ最大の絶滅収容所トレブリンカで所長を勤め、ホロコーストの実行にあたったフランク・シュタングルに対する長時間インタビューを中心に、彼の家族、同僚、生き残った被害者たちや、周辺の関係者に可能な限り取材し、ホロコーストの前後も含めた事実の再構成と、それぞれの立場で人類最悪の事件にかかわった人々の心理の深層に迫るドキュメント。
取材当時、シュタングルは終身刑を受けてデュッセルドルフの拘置所に収監中でしたが、最終面接終了後、わずか一日足らずのうちに、心臓発作で急死するという劇的な幕切れとなりました。

本書は、読み物としてだけでなく、資料としても、分析としても、たいへんレベルの高いものです。本書執筆の意義は非常に大きなものだと思います(ドキュメンタリー映画「ショア」の基本資料ともなった)。
しかし、一方で、本書をこのような形で広く出版し、世に問うことに、一抹の不安を感じないではいられません。

犯罪や殺人とは無縁の一般市民をどのように巻き込むか。倫理観をどうすれば麻痺させることができるか。大量の人間に、戦意を喪失させ、無抵抗に死へ追いやるには、どのような心理作戦が有効か。ここにはホロコーストの現場のノウハウが、すべて書かれています。
将来、もし同じような恐ろしい計画が持ち上がったら、本書はまたとない参考書になるでしょう。
そして、これだけ戦争の無意味が説かれながら、未だに世界各地で愚行をくりかえしている現況を見るにつけ、今後そのような事態にけして陥らないという保証は無いように思えてならないのです。


本書は、大きく分けて三つの部分から成っています。一つはホロコーストのさきがけとなった、T4、すなわちハルトハイム等における障害者の「安楽死」計画。オーストリアの警察官だったシュタングルは、ドイツとの併合によって微妙な立場に置かれ、そこから逃れるチャンスとしてT4に関わったのが、キャリアの始まりでした。のちのガスによる大規模な殺害が、精神障害者をはじめ「治療不能」と診断された障害者に対して試みられています。

二つ目は、ゾビボール、トレブリンカにおける絶滅計画の執行そのもの。収容所としては、アウシュビッツなどのほうが有名ですが、実はもっとも非道な殺戮が行われていたのは、四箇所の“絶滅収容所”でした。戦後、これら大量殺人だけを目的とした施設の存在があまり知られなかったのは、施設の目的からして当然のことながら、生還者が極めて少なかったこと、それから、本書でも触れられている残酷な事情から、かれらはみな精神的に深い傷を負っており、自らの体験を語ることが非常に稀だったためです。
アウシュビッツは、少なくとも名目上は強制労働収容所であって、労働に従事できる者にはわずかながら生きのびるチャンスがあった(ここでの絶滅施設は比較的小規模なものでした。そのあたりが歴史修正主義者による「ホロコースト捏造説」の誤解・曲解のもとになったのではないかと思われます)。
しかし、トレブリンカは死に直結していました。ガス室を免れた少数者も、家族や同胞の殺害に、間接的にせよ手を貸すことを強要されたのです。耐えられない者、反抗したり、働けなくなった者は、即刻死者の列に加えられました。
シュタングルは両収容所で責任者として“絶滅”に従事し、各地から送り込まれる大量の収容者を粛々と死に至らしめます。

そして最後が、収容所の解体と、戦後の逃亡・潜伏に関する部分。一旦米軍に捕らわれたシュタングルは、監視のゆるい捕虜収容所から脱走、紆余曲折ののち家族と合流してブラジルへ移住し、ニュルンベルグ裁判中も、なんと本名で、ごく普通の市民として、ドイツ企業の支社に勤務していたのでした。
この、いわば後日談は、本書の主要テーマからは外れますが、サスペンス小説などでドラマチックに脚色されることの多いナチス逃亡劇の案外な実態、また逃亡に際してのバチカンの関与までも追及し、フィクションよりもよほど衝撃的でした。


シュタングルが資料提供者として際立っているのは、彼が、ホロコーストの前段階から終わりまで、実務そのものの中心にあり、また、当時の自分の「仕事」について、ある程度観察眼と分析力を持って語ることのできる、ほとんど唯一の人物である点でしょう。
本人のインタビューの端々、また、彼を知る人々の談話からは、その残忍な職務とは裏腹に、実直・勤勉で有能な人柄が浮かんできます。平時ならば、一生、殺人などとは無縁どころか、優秀な警官もしくは官吏として、かなりの地位に昇る可能性のあった人と思われます。

なぜそんな人が、こんなことに。
いやしかし、おそらくは、それだからこそ、へまもせず、拒否もせず、ナチスの機密に関わる絶滅収容所の所長という重職に就くことになったのでしょう。
本人の側から見れば、与えられた状況にきわめて見事に適応した結果であるとも言えます。

こんな感想は我ながらどうかと思いますが、実に奇妙なことに、本書のインタビューで見るところ、絶滅収容所からの生還者と、シュタングルは、資質的によく似ているような気がします。
知力にすぐれ、実務に長け、体力、気力において充実し、そして何より適応力に富んでいること。
加害者の側も、被害者の側も、「あの状況で、善い人は生き残れなかった」と証言しています。最悪の環境に耐えて生き延びるには、環境を受け入れる強靭さ、あるいは鈍さが必要だったということでしょうか。

ぎりぎりまで、たとえ自分を欺いても、自己肯定を保持できる。眼前の仕事に集中し、必要以上にものを考えない。
物事を客観的に見つめたり、批判することや、反省すること、それは、普段はとても大切なことなのですが、真の危機に際しては、生き延びることの(精神的な)妨げになる。人間の優秀さを「生きる力」と定義するなら、それは結局、徹底した自己保存能力に尽きるのかもしれません。
しかしこの「生きる力」は、環境しだいで、大悪人をも、また絶滅からの生還者をも形成しうる、可塑性に富んだ両刃の剣となります。



著者ギッター(ギッタ、ジッタなど表記いろいろ)・セレニーは、イギリスのジャーナリスト。このような異常な事件に長期的に取り組んでも、価値観が揺らがないというのは、精神的にきわめてタフな女性だと思います(私は読んだだけで頭が変になりそうです)。
邦訳のある著書のうち「マリー・ベル事件」は既読でした(著者名は忘れてた)。幼い少女が犯した残酷な殺人事件の捜査と裁判を、感情論に走らず冷静に追った、優れたドキュメントだったと記憶しています。
この本をもとに、服役したマリー(メアリー)・ベルの精神的な荒廃を描いたのが、山岸涼子のコミック「悪夢」。しかし、実際には彼女は更生し、出所して普通の人生を歩んでいます。その経緯を追ったのが、同じ著者による「魂の叫び」。こちらは未読ですが、本書に引き比べて、悲惨な生い立ちと取り返しのつかない犯罪から立ち直る子供もあれば、まじめに人生を歩いていた大人が大量殺人者に変身することもある、人間の心の定めなさについて考えさせられます。




 
読んだ本TB:0CM:0

マイ・フェア・ボーイ

2006/07/11(火) 17:54:33



凄腕の殺し屋、ばりばりハードボイルドなフィリックスもトシには勝てず、弟子のジミーに跡目を譲って、引退を決意した。第二の人生で得た仕事は、なんと富豪の息子、ババお坊ちゃま(33)のシッターさん。しかもこの子(?)、過保護の父親が、この年齢まで家から一歩も出さずに育てたという珍物。
精神年齢5、6歳、穢れを知らない中年天使と、ひたすら世間の裏街道を歩いてきた男の珍道中。フィリックスはババを「男」にするべく、父親が聞いたら卒倒しそうな実地教育をほどこし、ようやく「外の世界」に目を開かれたババは、ぎこちないながらも、自立の道を歩き出す。
一方、フィリックスの離脱を許さない“組織”は、彼を粛清するべく追手を差し向けた。敬愛する師匠と組織の間にはさまれて苦悩するジミーは、二人を狙う殺し屋たちを密かに排除していくのだったが。


中年坊やも殺し屋も、ありえない設定ですが、まあ大人の童話ということで。
一から十まで教わる一方かと思ったババの存在が、汚れきってすさんだフィリックスに、人間として一番大切なものは何かを教えるというあたりが泣かせます。
途中までは軽妙なコメディなのに、ラスト一転シリアスに。この落差が大きすぎて、展開に無理があるけど、まあ全体に悪い作品ではなかった。
大きな赤ちゃんババの異様な無邪気さが、だんだん可愛く見えてくるのが不思議です。殺し屋たちを含め、登場人物が、みな個性的でコミカル。特に、末期癌?に侵されたじいちゃん(フィリックスの父親)のはじけっぷりがナイスでした。

 
見た映画(DVD)TB:0CM:0

【企画参加】テストでありがちなこと

2006/07/05(水) 16:53:15

ありがちなこと。
点が取れてるような気がするときは、結果が悪く、
ダメだ、失敗した~!と思ったときは、意外に良かったりする。

前半部分が子供に遺伝した。

なぜお前たちは、いつもそんなに楽観的なのだろうか…
なみま雑記TB:0CM:0

本物そっくり

2006/07/05(水) 16:16:34

贋作(book)
posted with amazlet on 06.07.04
パトリシア ハイスミス Patricia Highsmith 上田 公子訳
河出書房新社 (1993/09)


田舎の邸宅で、安逸をむさぼるトム・リプリーのもとに、ロンドンで画廊を経営するジェフから緊急連絡が。
トムも関係しているバックマスター画廊とダーワット商会は、イギリス人画家ダーワットの作品の展示と販売が主な業務だが、顧客の一人で、ダーワット蒐集家のアメリカ人マーチソンが、自分の買った絵は贋物だと騒いでいるという。
実は、“メキシコで隠遁生活を送っている”ことになっているダーワットは、もう何年も前に外国で死亡しており、ダーワット商会があつかう作品の大部分は、ダーワットの親友バーナードの手になる正真正銘の(?)贋作なのだ。
ダーワットが有名になり、作品がけっこうな値で取引されるようになったとき、彼の死が世間に知られていないことに目をつけて、贋作の制作・販売のアイデアを出したのはトムで、商会の実務にはかかわっていないものの、現在も売り上げの一部を受け取っている。インチキ商売がばれると、収入にひびくばかりか、苦労して築いた地位がめちゃくちゃになってしまう。
トムはマーチソンを黙らせるためにロンドンへ飛び、今は亡きダーワットを復活させるという奇策に出ることにした。


映画「太陽がいっぱい」、またはリメイク版「リプリー 」(原作「リプリー」)の、トム・リプリーを主人公とするシリーズものの第二作。
映画の結末と違って、完全犯罪達成で終わる前作から数年が経過、ディッキー・グリーンリーフの金のおかげで名士の仲間入りをしたトムは、富豪の娘エロイーズと結婚して、フランスの田舎の大邸宅に住み、悠々自適の生活を送っています。
もう金に困る身の上ではないのに、犯罪生活が染み付いてしまったのか、いまだに何かと後ろ暗い仕事に手を出しているトム。その裏稼業の一つである贋作販売でボロが出そうになる、というのが今回のサスペンスです。
名前以外はすべて偽者のトムと贋作の取り合わせが皮肉で可笑しい。


その上、贋作者のバーナードは、見方によってはトムの分身ともいえる人物。
他の仲間と違って、彼が贋作に手を染めた理由は、金儲けだけでなく、友人ダーワットとその作品への深い愛惜だったのですが、それだけにダーワットにのめりこみすぎ、画家としてのアイデンティティを喪失しかけて苦しんでいます。
罪悪感と個人的な悩みの両方から、彼はマーチソンに真相を打ち明けてしまいそうになる。トムは、バーナードの中途半端な態度にいらいらしながらも、突き放すことができない。同じように友人の死を食い物にし、嘘で固めた人生を送ってきた彼には、バーナードの悩みが理解できるからです。


バーナードの口を塞ぐため、加えて、彼との関係をより強固にするために、トムはバーナードを、さらに深く犯罪に引きずり込みますが、バーナードにしてみれば、トムと向き合うのは、自分中の悪魔と対決するようなもの。次第に耐えられなくなって、精神的に崩壊しはじめます。


軽々と偽の自分に乗り移り、親切で洗練された上流人士と血塗られた犯罪者の間を顔色ひとつ変えずに行き来するトム・リプリー、最後までどうしても自己への執着を捨てきれないバーナード。
二人の交渉は、さらなる混乱を招き、さすがのトムにもほとんど収拾不能であるかに見えるのでしたが……。


息詰まる追跡シーンと、ラストのあっと驚く落としどころが、サスペンスとしてのクライマックスです。
ハイスミスには珍しく、ドロドロのグロ場面付きです。ほんとドロドロです。おえ。


 

読んだ本TB:0CM:0

「私」という名の身体

2006/07/03(月) 18:51:39

蝿(はえ)
蝿(はえ)(book)
posted with amazlet on 06.07.03
ジョルジュ ランジュラン George Langelaan 稲葉 明雄
早川書房 (2006/01)


SFと呼ぶにはいささかトウが立ってしまいましたが(1962年刊)、語り口の上手さと秀逸なオチで、ホラーファンタジーとしての魅力はおとろえていません。
フランス語の本なので、著者は当然フランス人かと思ったら、実は生粋のイギリス人。親の仕事の都合で、フランスの教育を受けており、完璧な英仏バイリンガルだったようです。戦時中は、語学力と土地勘を活かして、MI5の情報活動に協力。おお、アシェンデンさながらですね。
このスパイ経験をもとに「NATO情報部員シリーズ」なんていかにも面白そうな作品もあるのですが、残念なことに、現在翻訳で入手できるのは、この一冊だけのようです。
過去にはハヤカワポケミスの「魚雷をつぶせ」(絶版)、あとは、ミステリマガジン366号に、短編「殺人者」が掲載されているのみです。


: 秘密の実験に取り組んでいた天才科学者ハリイが、妻に殺害された。スチームハンマーで、頭部と腕を元の形もわからぬほどに潰された、無残な死に様であった。妻のアンは罪を認め、無抵抗に逮捕されたが、殺害の動機は全く不明、しかもスチームハンマーの動作に関して全く無知な彼女が、どうやって殺人を実行したのか、捜査が進めば進むほど、事件は不可解な様相を呈してきた。
手詰まりになった警察は、一応“突然の狂気”による犯行と理由付け、アンは精神病院に収容される。しかし、彼女に狂気の徴候はなく、また、取調べの際の非協力的な態度からみて、事件にはまだ何か裏がありそうな。
やがて、トウィンカー警部は、アンの奇妙な行動に気づく。彼女は、院内に入り込んだハエに異様に執着するのだ。これは狂気の表れか、それとも、事件にハエが関係しているのだろうか?

蝿男の恐怖」、リメイク版「ザ・フライ」、二度にわたる映画化で有名な短編。映画のほうもホラーの古典的名作ですが、しかしこれは、原作が断然面白いです。映画のほうでは、映像で悲劇の経緯を追うために、多かれ少なかれ、殺される科学者の視点が入ってきますが、小説では、肝心のハリイは既に物言わぬ死体。物語はすべて、妻の告白と、警部やハリイの弟アーサーの推測から成り立っている、ということは、真相は誰にもわからない。
この、あまりに途方もない話は、見かけどおり狂った妻の妄想かもしれない。あるいは、人生に行き詰った夫の幻覚かも、もっと突き詰めれば、カフカの「変身」の裏返しで、ザムザの妻(が居たとして)の物語と見ることもできます。

奇跡: 外交員のジャダン氏は、鉄道事故で九死に一生を得たものの、下半身不随の障害者になってしまった。もう外交員として働くことはできない。この先どうすればいいのかと泣く妻。ところが夫妻のもとに、鉄道会社からの多額の補償金の話が舞い込んで……。
禍福はあざなえる縄のごとし。あのルルドの泉伝説のからんだ、フランスの短編作家にありそうな、皮肉なお話です。

忘却への墜落: 予知夢をめぐる、どことなくヒチコックふうのサスペンス。完全犯罪の成り行きは…。背景には戦争の生んだ悲劇と狂気がひそんでいます。

彼方のどこにもいない女: TVの深夜番組終了後、突然画面に現れた謎の人影。テレビの故障?それとも電波ジャック? 突然失踪した弟の行方をたどって、兄がたどりついた真実とは。
核の恐怖にからめたロマンティックホラー。うーん、このオチは怖い。

御しがたい虎: 「山月記」の別バージョン。身長コンプレックスの男が、妙な虚栄心から身を滅ぼす話。

他人の手: 医師のもとに、“右手を切り落としてくれ”と要求する奇妙な患者が現れた。医師が拒絶すると、男は病院を出るや否や車道に飛び出し、右腕を轢きつぶされて戻ってきた。
寄生獣」と同じようなネタですが、こちらは不条理もの。
「蝿」をはじめ、ランジュランには、体と意識の問題にこだわる作品が多いようですが、これもその一つ。

安楽椅子探偵: 自分は一歩も動かずに、頭脳だけで推理する。安楽椅子探偵は安楽椅子探偵でも、これはもう一ひねりしてあります。“吾輩は探偵である” おじいちゃん、かっこいい!

悪魔巡り: 愛犬と妻、大切なもの二つを同時に失った男が、すべてをやり直すために悪魔と魂の取引をするが…。ファウスト博士の悲劇です。

最終飛行: 生涯無事故を誇る幸運な機長の最終フライト。若き日を思い出す彼の前に、不思議な白い鳥が現れて…。ダールの「飛行士たちの話」だったかな、以前似た短編を読んだ気がする。

考えるロボット: 自動車事故で死んだ婚約者の死を受け入れられないペニーのために、ルイスは危険を冒して親友ロベールの墓をあばく。ところが、埋葬所に納められた棺は何者かによってすでに開かれ、中にあるはずの遺体が消えていた。ロベールは生きている! ペニーの主張は正しいのか? 彼女は、公爵夫人のサロンで話題の“チェスを指すロボット”にロベールが一枚かんでいるに違いないと言うのだが。
エドガー・アラン・ポオの「メェルゼルの象棋さし(メルツェルのチェスプレイヤー,「ポオ全集 新装版 (3)」所収)」からの発想。ヴァン・ケンプリン(フォン・ケンベレン)男爵のロボットはインチキでしたが、もし本物だとしたら、それはどういう仕組みなのか…。
これも、人間の身体と意識に関する作品。まだ人工知能には遠い時代の素朴なお話ですが、これが発展すると、イーガンの“コピー”などへつながっていくようにも思います。

「メェルゼルの象棋さし」を基にした、こんなお話も出てきているようです。
新刊ですね。


   
第九の日 The Tragedy of Joy
瀬名 秀明
光文社 (2006/06/21)





 
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愚行録

2006/07/02(日) 22:52:45

東京で下宿生活を送るお気楽大学生笙くんは、突然上京した父親から、今まで存在すら知らなかった伯母の松子が、東京の自宅で殺されたと聞かされる。松子伯母は、若い頃に故郷を出奔し、今まで行方知れずだったのだという。
父に代わって、松子のアパートの後始末をさせられるハメになった彼は、ふと伯母の過去に興味を抱き、彼女が郷里を出てからの足跡をたどるのだったが…。

国立大学出の優秀な中学教師としてスタートしたヒロイン松子の、最底辺までの転落劇。
彼女は、学校のお勉強をはじめ、課題を与えられると何によらず精励刻苦するので、どんな仕事に就いても非常に有能なのですが、いったんトラブルが起きるとたちまちパニクり、後先考えないその場しのぎの対応で、かえって最悪の事態を招いてしまう。その都度、せっかく積んだキャリアが台無しになるばかりか、階段を五段飛ばしくらいの勢いで落っこちていきます。
哀れといえば哀れですが、転落の直接の原因が、常に松子その人にあるために、「テス」などと違って、同情も感情移入もしにくいのが、読んでいてつらいところです。

戦後教育の破綻、というテーマなんでしょうかね(笑)。成績は良くても、常識がないとか社会性に乏しいとか、あるいはいわゆる「生きる力」とやらの欠如とか。
中学の教員を首になったら、次はいきなりトルコ嬢、という、非常識というか、ありえない短絡ぶりには腹を抱えてしまいました。 とりあえず、失業手当をもらって、ハローワーク(当時は職安)に行こうよ。

自分の人生と正面から向き合えず、いつも他人に流され、あなた任せの幸せを期待して、失敗することの繰り返し。一見、恋人思いの一途な女に見えますが、実は相手にとっては精神的な負担でしかない。
でも、なまじ仕事ができて、経済的には相手より優位だったりして、表面的にはいかにも自立しているように見えるため、関係がいよいよ破綻するまでは、本人も周囲もそのことに気が付かず、不幸を増幅します。

主体性を欠いた人、というのはおつむが悪いのが相場なのに、いや、実は松子も、ある意味おつむは良くないのかもしれないけれど、どんな不遇な状況でも、課題を前にすると、愚直にひたすら努力・精進し(関心・意欲大)、スーパーのレジ打ちだろうがトルコ嬢だろうが、いちいち過剰なくらい適応してしまうさまが、(本人は大真面目なのだが)馬鹿馬鹿しく可笑しい。案外、世間で“秀才”と見られている人の中にも、このタイプはありがちなのじゃなかろうか、と思わせるところがあります。
逆に言えば、学校の勉強や、組織の中の与えられた仕事で成功するためには、主体性なんか必要ないってことかなあ。

松子の最後の恋人である龍くんが、売人の世界から足を洗おうとして、つまり、ルーティンな社会生活(?)に主体性を持ち込んだばかりに、ひどい目にあう話や、出所後に自立した人間として再出発を果たすエピソード、また、笙の恋人の自覚的な進路変更は、主人公の生き方の対照なのでしょう。

そこまではまあいいのですが、龍くんの更生にからむキリスト教の話は、いくらなんでもチャチでツヤ消し。なくもがなでしたね。クリスチャンが憤慨するんじゃないかと心配になります。
宗教は一見受身に見えて、実は強烈に主体的な行動なのだという解釈は、物語に沿っていてうなずけますが、幼稚園の日曜学校じゃあるまいし、カミサマがどうこうと、あまりにも単純素朴なお説教は、大人向けにはちょっとどうでしょうか。

 

 
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