常世国往還記

本と映画のノート



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読書と映画の鑑賞記録。
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ドイツ最期の12年間

2006/06/30(金) 17:26:23

地獄に堕ちた勇者ども
地獄に堕ちた勇者ども(cinema)
監督 ルキノ・ヴィスコンティ
ダーク・ボガード,ヘルムート・バーガー,
イングリッド・チューリン
1969年 イタリア・スイス
posted with amazlet on 06.06.30
ワーナー・ホーム・ビデオ (2004/04/23)
鉄鋼会社社主のヨアヒムが、誕生日の夜に射殺された。犯人は、社長の座を狙う番頭のフリードリヒ。彼は、ナチの幹部アッシェンバッハの後ろ盾を得て、有能な副社長のヘルベルトに濡れ衣を着せ、ヨアヒムの長男の未亡人ソフィとの愛人関係を利用し、ソフィの一人息子でヨアヒムの相続人であるマーティンを傀儡に仕立てて、まんまと社の実権を握る。
しかし、ナチはフリードリヒを操るだけでは満足しなかった。
アッシェンバッハは、ヨアヒムから時期社長に指名されていた、突撃隊(義勇軍のようなもの)OBのコンスタンティンを、「長いナイフの夜」事件で葬り、さらに、マーティンの性的倒錯癖につけこみ、甘い言葉で彼をあやつって、身勝手な母親と祖父の仇である愛人に対する復讐へと差し向けるのだった。

第二次大戦前夜の混沌とした社会状況を背景に、鉄鋼会社社主一族の内紛と没落になぞらえて、戦争から破滅に至るドイツ国内の諸相を描いた重厚な作品。日和見からリベラリストを排除したばかりに、ナチにつけこむ隙を与え、結果的に抹殺されてしまう旧世代、他国へ追われるリベラリストたち、ナチと結び下克上を狙う庶民層、コミュニズムアレルギーから排他的になり、時代の趨勢を見誤る愛国者たち、第一次大戦の敗北によって父を失い、精神的支柱のないまま、迷走し虚無的になっていく若い世代、そして、あらゆる時と場所で、狂言回しの役を演じるナチズム。
象徴的存在としての登場人物ひとりひとりを追いながら、まるでギリシャ悲劇のように粛々と物語が進行します。

邦題は、主に、この作品のクライマックスの一つである「長いナイフの夜」(対戦の英雄である突撃隊のメンバーが、ナチスによって大量に粛清された事件)を指しているのでしょう。
しかし、話は「勇者たち」の敗北にとどまらず、世の中に絶望した若者たちが、あるいはナチスの組織に組み込まれ、あるいはモラルを捨て、混沌と頽廃の権化と化し、ドイツを原題どおりの“破滅”に導くさまを描き出します。


ベテラン俳優のさすがに手馴れた演技もさることながら、圧巻は、なんといってもヘルムート・バーガー扮するマーティンの変貌です。幼稚でひ弱な両性具有者、母親のスカートの陰にかくれているような、誇り高い一族の中ではごく存在感の乏しい病的な青年が、悪魔に毒を吹き込まれて、みるみる怪物へと成長していく。
ナチス・ドイツの精神の象徴として、大輪の悪の華を咲かせるラストの迫力は、震えが走るほどです。

作中の時間では、このあと第二次大戦に突入という順序ですが、フリードリヒとソフィの最期は、明らかにヒトラーとエヴァ・ブラウンのそれを思わせ、監督の意図が、単に一時代の、一家族の事件にとどまらず、ドイツ崩壊に至る民族の悲劇を描き出すことにあったことをほのめかしています。
したがって、マーティンの極端な変態性も、近親相姦というショッキングな行動も、“ビョーキの男”としてではなく、ホロコーストを含めた一時代の病理の集約と見るべきなのでしょう。

 
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悪夢に呑まれて

2006/06/29(木) 19:00:45

海が呑む
posted with amazlet on 06.06.28
花輪 莞爾
新潮社 (1992/12)

悪夢小劇場」の続編のようなかっこうですが、だいぶ品下がります。ユーモアの欠如、アイデアの練り方も今ひとつ。大衆誌の娯楽読み物レベルですね。まあ、暇つぶしにはなるかな。しかし、後味が悪いので、同じ暇なら昼寝に使ったほうが有益かも。

宇宙塵: 隕石を探しに山へ入った天文ファンが、妙なものを発見してしまう話。ラスト近くまで、「アンドロメダ病原体」みたいな展開を期待してしまいましたが…。

着せ替え泪人形: サドマゾ女子中学生の超キモチワルイ話。これ、親の育て方がどうこうって問題じゃないですよ。早く精神科にかからなきゃ。まあ、治るかどうかはわからないけど。
変に冷静な先生もどうかしてます。教師失格!

金歯: 食事時は避けること。

うすばかげろう: 薄馬鹿下郎ってか。「悪夢小劇場」の、「景徳鎮」と同じような話ですが、あの素っ頓狂な女主人の潔さに比べて、こちらはなんとも下種で卑しい。

女優: 血は争えないという話。才能あふれる二世に対して、親のほうが役不足だったということなのでしょう。

導盲猫: 中国産オオヤマネコを盲導犬代わりに訓練するというぶっとんだパロディ小説。途中まではめちゃくちゃ笑えますが、最後の小理屈が余計でしたね。

ジャガラタ文: 在仏望郷。短編でアッサリやられると、感動も同情もあっさり。

味見指: 三角関係の全員が、互いを味見しているだけという、げんなりするような人間関係。旦那は俗物、奥様は最低女、主人公のひがみっぷりも情けない。

健康への暴走: 子供にぶらさがる父親、父親に邪険な妻子。愛のない家庭のドロドロした話。

乱雑人小図鑑: 「片づけられない人たち」の悩ましい話。あらぁ、そんなに気にしなくても、散らかってたって死なないわよ。いやなら自分で片付けたら…あイヤ、すみません、今片付けます。

紅葉狩り: 伝奇小説ふうですが、ロマンもものの哀れも上滑りで、あまりうまくまとまりませんでした。気色悪いエロ小説みたいになっちゃった。

海が呑む: 「悪夢小劇場」の、「物言わぬ海」の裏話か後日談のようなもの。エッセイふうで、まとまった作品にはなっていません。「物言わぬ海」の感想で、こういう文章を教科書に採ればいいのにと書いたら、同じことが書かれていて可笑しかった。
津波の話のいろいろは、それなりに興味深くはありますが、死者が呼ぶとか、オカルトのほうはどうもね。
読者としては、執筆動機は想像に任せてもらったほうが楽しいので、どんな衝撃の体験があったにしても、言わぬが花というものではないでしょうか。

 

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どこがいけない? ダ・ヴィンチ・コード

2006/06/27(火) 17:34:04

ダヴィンチコード
ダ・ヴィンチ・コード(cinema)
監督 ロン・ハワード
トム・ハンクス、オドレイ・トトゥ、
イアン・マッケラン
2006年 アメリカ

見てきました。うーん、ダメってわけでもないのですが、あんまり面白くなかった。途中寝ました。
原作を読んだ時点では、これは映画化にピッタリだと思ったのですが、実際ビジュアルになったものを見ても、あまりピンと来るところがありませんでした。

何が悪いんだろう。
ロケはきちんとやってるし、映像もそこそこ綺麗だし、俳優がヘタだというわけでもないし。
原作を先に読んで、ネタバレだからか、というと、そうでもないんだな。読んだのはずいぶん前なので、細かいところはあらかた忘れちゃってます。
確かに、多少飛ばしているところ(長大なウンチクとか)や、原作の設定を変えているところが気になると言えば気になるけど、それは二時間半で収めるのだから仕方がない。むしろ、謎解きの大筋が壊れない程度に手際よくまとめてあって、感心したくらいです。

そういうことじゃなくて、何ていうか、もっと根本的に、映画としての基本がなってないような気がする。
エンタテインメントでしょ。なのに楽しくないんだわ。
だいたい、キャストの年齢が高すぎ。ソフィ嬢ちゃんと殺し屋以外は全員中高年です。原作がそうなので、ある意味仕方ないのですが、でも、本で読むのと違って、映画は視覚が主ですから、あれではあまりにも華が無い。
前日、若き日のヘルムート・バーガー様の艶姿(「地獄に堕ちた勇者ども」)にヤラれたところだっただけに、彼此引き比べて落胆甚だしく……。


百歩譲って、原作の年齢を容認するにしても、主演の二人に全く色気がないのはどうしたもんだろう。
かっこいいナイトが、姫君を守って謎に到達、最後に二人は結ばれる。ロマンスの王道。原作ってとどのつまりはそういう話なんじゃなかったの? なのに、二人が抱き合っても、ひとつもドキドキしない。
主演俳優を、二人とも知性派にしたのが失敗だったかも。片方だけでもフェロモンむんむん俳優だったら、かなり違う印象になったんじゃないだろうか。

うーん、やはりラッセル・クロウが演るべきだったか…。
あるいは、オドレイ・トトゥを優しげで頼りない豊満美女に替える。これだけでもかなり印象が変わるんじゃないかな(主演を両方替えると下品になりそうですが)。あと、接吻OKにする!(なんでおでこなんだよ。小学生じゃあるまいし)
これだけで、同じことやらせてもラストが5倍くらい盛り上がること請け合い。

逆に、殺し屋シラスはもっとギンギンの怪物メイクで。筋肉はあってもいいが、もっとケダモノっぽく! 
メインキャスト中唯一の若い男性だったことから、中途半端に可愛い男の子をつかっちゃったのが大失敗。赤目じゃないし。せめてカラーコンタクトくらい入れてほしい。
おまけに、トム・ハンクスはじめまわりのおじさんたちと違って、ムダにいいカラダ。ルーブルの彫刻みたいなお美しいオールヌードに、不覚にも萌え…って、ダメじゃん!

普通の悪役ならこれでもいいんだけど、原作中唯一の「薔薇の名前」っぽい個性的でおどろおどろしいキャラクターとしては、なんとも中途半端で、魅力に欠けています。
密かに気に入っていただけに、たいへん残念でした。

 

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あの頃、君がいて、謎があった

2006/06/22(木) 14:10:15

フランチェスコの暗号〈上〉
イアン コールドウェル ダスティン トマスン Ian Caldwell Dustin Thomason 柿沼 瑛子
新潮社 (2004/09)


ルネサンス期の奇書、「ヒュプネロトマキア・ポリフィリ」(れろれろ)の中に幾重にもはりめぐらされた謎。その魅力にとり憑かれた父とともに、子供の頃から解読に取り組んできたトム・サリヴァンは、自動車事故で父を失って以来、研究への熱意を失い、平凡な一学生として、かつて父も学んだ名門プリンストン大に籍を置くこととなった。
しかし、そこで彼を待っていたのは、トムの父に私淑していたというポール・ハリス。ヒュプネロトマキア解読に意欲をみなぎらせるポールは、トムを強引に引きずり込む。トムもまた、ポールの情熱に触れて、ふたたび謎解きにのめりこんでいくのだった。
ヒュプネロトマキア・ポリフィリを中心に、友情、親子愛、師弟関係、恋、反目、嫉妬など、さまざまな愛憎のからんだ青春の冒険が始まった。

小学校時代からの幼なじみという二人の合作。
書物の妖精みたいな薄幸のポール、不器用だが誠実な大男の医学生チャーリー、毛並みが良くてスマートで、万事ソツの無い実務家のギル、それぞれに魅力的なトムの寮友たちや、ラスプーチン教授など、きっと実在のモデルがあるでしょう。(ちなみに私はチャーリーのファンだ。)
お二人のお仲間は「あっ、これって彼だよねー」「うお、まさかこれ俺のこと?」なんて騒いでいるんじゃないかな。そんな内輪っぽい楽しい雰囲気にあふれています。
時々筆がすべって、くどくなるのはご愛敬。

全体的には青春小説です。ネルソン・デミルが「ウンベルト・エーコとダン・ブラウンとフィッツジェラルドを合わせたような」と評したそうですが、フィッツジェラルドの部分は、御用とお急ぎのミステリ・ファンには退屈でしょう。
学園ものという点では、ちょっと小峰 元と似たところがあるかな。たとえがしょぼいけど。
ただ、青春ものは青春ものでも、単なる教養小説でなく、父親の世代の話と重ね合わされていたり、暗号が人間関係の比喩だったり、またはその逆だったり、時間的にも絶えず回想と現在の間を行き来し、さまざまな企みに富んでいて(このへんがエーコ)、読み解きがいのある内容です。
ルネサンス期以前の西洋史は、おさらいしておいたほうがいいかも。特に文化史。高校世界史程度では、煙に巻かれます(巻かれた)。

舞台がプリンストン大ということで、歴史ある施設、デートスポット、学園行事や、伝統のイタズラ、寮生活のあれこれなど、さながらキャンパス案内の感もあり、留学予定の方には参考になるかもしれません。楽しそうですね。

「ダ・ヴィンチ・コード」のようなあざといエンタテインメント性はありませんが、殺人事件もからむし、後半にはちゃんと大立ち回りも用意されています。意外な人が活躍しますよ。オチも泣けました。

キリスト教がらみではないし、テーマがポピュラーじゃないので、「ダ・ヴィンチ・コード」に比べて日本ではぐっと地味な扱いですが、作品としてはこちらのほうが面白かったです。


 


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マダムと夫人

2006/06/19(月) 17:46:59

前回の続き。ちょっとひっかかった点について

サンド夫人
言わずと知れた、女流作家ジョルジュ・サンドのこと。ショパンの代表的な愛人、というか、ショパンが彼女の愛人の一人だったと言うほうが適切かな。マダム・サンドの訳ですね。
“マダム”は、既婚夫人一般の敬称だから全く問題ないのですが、これが日本語で“夫人”となると、個人的な語感なのかもしれないけれど、“だれそれの妻”というニュアンスが強いようで、気になります。
“与謝野夫人”とか“ストウ夫人”なら、(まあ別の意味でどうかと思いますが)言葉としてはおかしくない。実際に“与謝野氏”“ストウ氏”が存在するわけですから。
しかし、ジョルジュ・サンドはペンネーム(本名はオーロール・デュパンないしデュドヴァン男爵夫人。男爵夫人ですから、この場合敬称はただのマダムじゃなくて、バロネス、あ、フランスだからバロンヌか)で、“サンド氏”の妻ではない。
他の本でも“サンド夫人”とやっちゃってるのもあるようですが、一般にはサンド、ないしはジョルジュ・サンドと呼び捨てです。
ファーストネームが“ジョルジュ”と男名前のせいもあるかもしれないけど、“夫人”と付くと変な気がするんですよね。

うちのショパンが
さて、その“サンド夫人”が、愛人であるショパンのことを他人に話すとき、いちいち“ショパン”と呼ぶのも、なんとなく妙ですね。
一世代か二世代前、奥様方が、第三者に対して夫を姓で呼んだのの伝でしょうか。今はもう、少なくとも一般的じゃないし、外国姓でやられると、なおさら奇妙です。


 


なみま雑記TB:0CM:0

サロン文化のたそがれ

2006/06/14(水) 14:28:54



フレデリック・ショパンとウージェーヌ・ドラクロワ、二人の天才芸術家と彼らを取り巻く人々との交流を通して、社会の変化に押し流され、衰退していくフランス貴族文化の末期を描いた、長い長い長い小説。

文庫版なら二部各上下の四冊構成だということを、よく考えてとりかかるべきでした。ハードカバーは第一部・第二部の二巻のみ。ちょっと厚めだけど、恐れるほどではない……と甘く見たのが大間違いで、第一部550ページ、第二部なんと700ページもの大作。薄紙を使って、ツカが出ないようにしてあるんです。とほほ、聖書かよ…。


当時のサロン社会の実態が垣間見られて、面白くないことはないのですが、特に第一部は、ジョルジュ・サンドとその娘の、金のからんだ母娘ゲンカという、スキャンダラスなエピソードの羅列。
女性週刊誌でちょこちょこ読むなら楽しいけど、延々何百ページも続くと辟易します。
言ってみれば「月と六ペンス」の六ペンスが大部分。月の部分もあるにはあるのですが、評論のように抽象的で。
まあ、当時は芸術などといっても、作品や表現者そのものより、社会にいかに受容されるかが問題だったということなのかもしれません。

ええと、結局、サンドのような進取の精神に乗り切れず、時代に消費されつくしたショパンと、サロンにそれなりに適応しながら、したたかに次の時代への地歩を築いたドラクロワとを対比した、ということでいいのかな。
しかし、何も調べたことを全部書かなくたって…。テーマの洗い出しが大変。こういうのを若書きというのでしょうか。できればもう少し読者に優しく。

第二部冒頭の、ショパンのコンサートの描写は素敵でした。音楽家と画家が主人公の割には、作中、音も色もほとんど感じられないのですが、ここだけは、確かに音楽が鳴っています。


ショパンだけなら、こっちのほうが面白いかも。まだ連載中です。
ショパンの顔が笑える。でも何気に小説より天才らしいような気が。

  ショパン物語(林 倫恵子作)

ふーん、リストって、年を取ってからの頑固じじいみたいな写真しか知らなかったけど、若い頃はイケメンだったんですね。
フォンタナ、カワイソス。

 

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ママが私で、私がママで

2006/06/10(土) 15:25:53

フォーチュン・クッキー 特別版

フォーチュン・クッキー(cinema)
監督 マーク・ウォーターズ
ジェイミー・リー・カーティス, リンジー・ローハン
2003年アメリカ
posted with amazlet on 06.06.09
ブエナ・ビスタ・ホーム・エンターテイメント (2005/12/21)


転校生」や「月に願いを」と同系統のお話。


アンナはごく普通(アメリカ標準)のティーンエイジャー。パパは三年前に死んじゃって、有名な精神科医のママ、ナマイキな弟、耳の遠いおじいちゃんとの四人暮らし。
弟とはケンカばかり、学校では反省室の常連、憧れのカレとは、うまくいきかけると必ず邪魔が入るし、近頃まるっきしついてない。
ママは顔を見ればお説教。ファッションも、ロックバンドも、友達も、アタシの好きなものは全部キライなんだ。オマケに理屈ではゼッタイ勝ち目がないから、余計頭くる! 死んだパパなら、もうちょっとは分かってくれたのに。ママは似たもの同士の固そうなオヤジとつきあってて、もうじき、そいつと再婚するんだって! マジ最悪!
ああ、イラつく!! ムカつく!!!

とまあ、こんな調子で、ありがちな思春期の親子ゲンカが最高潮に達したとき、おかしな魔法で、母娘の体と心が入れ替わってしまうというお話。主演のリンジーちゃんが、ティーンの異常なハイテンションぶりとダサダサなお利口さんの両極端を好演しています。
二人が、お互いの日常を通して相手の気苦労や本音を知り、和解する。親子がもっと信頼しあえば、すべて解決だよ、という能天気なテーマ。
普通、こうは行かないから大変なんだよね。相手の本音も行動も、思ったよりずっとひどかったりして…。

教師の感情的な嫌がらせや、表裏のある優等生、全く機能していない反省室、緊張感ゼロの教員室など、けっこうどこにでもありそうな話で笑えました。
アンナのカレシも、クールなムードの登場シーンから一転、あふれる愛と情熱で後半大活躍してナイス(笑)。

ママ好みの大人のポップスから、アンナのぶちかます戦闘的なロックまで、音楽もなかなか楽しく…と思ったけど、サントラはCCCDか…。

 
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生かす金、殺す金

2006/06/08(木) 19:45:20

村上ファンドがつまらないことになって、本当にがっかりさせてくれますね。上手の手から水が漏る、ということならまだしも、もし確信犯なら投資家の風上にもおけないぞ。

「だいたい、この人頭悪いよな。こういうときは、しょんぼりして見せればみんな満足するのにさ。この期に及んで偉そうに物を言うから叩かれるし、痛くも無い腹をさぐられたりするんだよ」
いや、2号ごときに頭悪いとか言われたくないでしょうが、やっぱりどこか苦労知らずで甘いところがあるようにも思います。世の中なめてるというか。一般大衆にもっとも嫌われるタイプですね。

しかし、だからといって、近所の奥様がたのように「株式投資って、ほんとロクでもないわよね! まともな人間のすることじゃないわよ。株に投資する人の気がしれないわっ」と極めつけるのもちょっとどうでしょうか。 投資家がいなくなったら、みなさんのダンナの勤め先(東証一部上場)、なくなっちゃいますよ? 


ナニワ金融道 1

青木 雄二著
講談社 (1999.3)
通常2-3日以内に発送します。



連載当時、ひそかに“銀行員のバイブル”とうたわれた名著。今は遠い昔の話となったバブル期を背景に、街金の新入社員灰原くんの目を通して、金に踊らされる人々の悲喜こもごもの狂態を描いた作品。
これで絵が上手かったら、もっと救いのない雰囲気になっていたのではないかと思われますが、幸か不幸か、どうにも素人くさい画風が、かろうじてコミカルな味を出しています。このあたりの事情が、ちょっと「失踪日記」と似た感じ。

たいへん下品な絵柄ですので、男性向けコミックということを抜きにしても、女性がレジに持って行くには非常に抵抗を感じる商品ですが、一般に言ってこの分野に弱い女性(もちろん例外はあります)にこそお勧めです。
お子様にも、つまんない消費者教育よりよほどためになる読み物ですが、シモネタとか、ちょっとアレなエピソードは、刺激が強すぎるかもなあ。…と言いつつ、手遅れになる前に、と、2号3号には小学校高学年で解禁しました。
「おかあさん、ソープって怖いんだね!」「うむ~(汗)」
ま、世の中清く正しいことばっかりじゃないし、年端もいかないガキに株の売り買いなんか教えるよりは、ず~っとまともじゃないですかね。

まじめな事業主の借金地獄から、先物取引、詐欺、裏金融、マルチなど、ありとあらゆる借金がらみの事件と、巻き込まれた人間の末路が容赦ないリアリズムで描き出されます。ネット詐欺やフィッシングは出てきませんが(まだ無かった)、人間の弱さと、そこにつけこむ悪い奴らの手口は不変。今も充分通用する教訓が満載です。
どうするアイフルの件で浮上したサラ金の“グレーゾーン”についても一筋縄ではいかないという気がするし、デイトレーディングなんか、素人は絶対手を出しちゃいけないと思いますね。ホント危ないですよ。

しかしまあ、それだけなら、「お金って怖いよね」で終わってしまうのですが、このマンガが偉いのは、「金融道」のタイトルが示すとおり、高利貸しとしての街金に疑問を持った灰原くんが、「お金っていったいなんだろう」と考えていくところにあります。他人の不幸に燃料投下、みたいなことしかできないのか。自分の仕事が世の中を幸せにするようなやりかたは無いんだろうか。

そこで彼の行き着く先が、有望なベンチャーへの“投資”です。ベンチャーといっても、街金のことですので、普通の金融機関では到底融資してもらえないようなうさんくさい事業ですが、まあ、ベンチャーなんて最初はどこもそんなもの。能力とやる気のある事業主に資金を提供し、こちらからもアイデアを出したりしながら、会社を育て、持ちつ持たれつで回収していくというやり方です。

きれいごとと言えばきれいごとですが、これが“投資”の基本理念だと思います。あぶく銭をもうけるために、相手をぶったたいて、さかさにして、回収する、そんなことばかりでは、市場そのものが痩せていってしまう。
グリーンメーラーや、インサイダー取引が良くないこととされるのは、ただ単に“ズル”だからというだけでなく、そんなことが横行したら、市場全体がだめになってしまうからでしょう。
村上さんは、「プロ中のプロ」と豪語するなら、当然その点に関して自覚があるものと思っていたのに。ファンマネ全体のイメージを著しく落としてくれましたね。

ずいぶん前になりますが、ヤフー創業当時、“会社を起してがんばっている近所の大学生を応援するつもりで”夫の遺産の一部で株を買った未亡人が、ヤフーの急成長で億万長者になった、という話がありました。亡夫はたしか平凡な勤め人だったはずです。夫が額に汗して作った虎の子の遺産。海のものとも山のものともつかない学生起業家に「いっぱつ当ててもうけるわよ!」と思って出したお金ではなかったでしょう。こういうのが、理想的な投資ですね。

 
読んだマンガTB:0CM:0

かなわぬ想い

2006/06/07(水) 17:44:23

令嬢クリスティナ(book)
ミルチャ・エリアーデ著 / 住谷 春也訳 作品社 1995.2


恋するサンダ嬢に結婚の申し込みをするため、田舎の屋敷を訪ねた青年画家エゴールは、魂の抜けたような母親と、異様にませた妹シミナ、そして陰気な使用人たちに出鼻をくじかれます。
当のサンダ嬢本人も、町で暮らしていた時の陽気でおきゃんな彼女とは別人のように沈んだ様子で、エゴールを戸惑わせる。

淋しい生活がそうさせるのか、気味の悪い昔話ばかりを好み、大人の気持ちを見透かしたような毒のある台詞を平然と吐く幼いシミナ。彼女は、30年も昔に農民暴動の犠牲となった伯母クリスティナを熱烈に敬愛していて、本気なのか冗談なのか、会ったこともないはずの伯母が、まるで今も生きているかのようにふるまいます。
それと呼応するように、屋敷の周辺には、若い女の薄ぼんやりした影や、誰ともつかぬものの気配が見え隠れし、家畜の全滅、蚊の異常発生など、不吉な出来事が相次いで起る。
やがてエゴールは、クリスティナに関する陰惨で奇怪な噂話を耳にします。


ルーマニア名産バンパイアストーリーです。史実にからめてあるところがおもしろい。クリスティナ本人にまつわる噂話はもはやフォークロアの域で、実際の出来事と、死霊となったクリスティナの所業とが混同されているようです。

生前の彼女は言い伝えのような残酷で淫奔な悪女だったのか、肖像画や家族の話どおりの愛らしく清らかな乙女だったのか。それは最後までどちらともわかりません。
死後の彼女もまた、神にそむく存在である反面、金星の精にたとえられる聖性の持ち主でもあるという、相反する二面性をそなえています。
強引にエゴールを求めるクリスティナの情熱に、伝説を肯定する側面があることを否定できない一方で、また全く別な裏の事実があるのではないか、との疑いも消えないのです。
唯一彼女を守るべき人間に裏切られ、まだ恋も知りそめぬ若さで、興奮した農民の暴力の犠牲になった無力な少女の恨みが、悪霊としてのクリスティナを生んだのかもしれない。
この、聖女とも悪魔ともつかぬ複雑な陰影が、クリスティナの精神的な魅力になっています。


他のエリアーデ作品同様、主人公はこの世と魂の世界を行き来しますが、当初は夢と現に分かれていたその境目が、次第にあいまいになっていく。と同時に、フォークロア的な時間の混乱が、現実を侵し始めます。
クライマックスではクリスティナの命を奪った農民暴動が再現され、現在の時間が過去の出来事をそっくりそのままなぞっていく。
狂おしいまでに生を希求する思いが招いた回帰の物語の中で、登場人物はそれぞれ象徴的な役割を担って、筋書きどおりに破滅をむかえます。


ところで、このお話では、ありがちな吸血鬼化=噛み傷による肉体の変化とは違い、主に死霊によって精神的に支配されることを条件としているようです。
これが特に顕著なのはシミナで、クリスティナの意思が乗り移った美少女は、処女でありながら全く処女らしくなく、かえって当のクリスティナ自身よりも淫靡な雰囲気を漂わせています。

このゴスロリフリーク垂涎の的みたいなエロ怖いキャラクターが原因で、本書の出版はかなりの物議をかもしたそうです。
まあ、ポルノと紙一重ではありますけれども、シミナの発散する暗い色気と大人顔負けの蠱惑的な態度は、ロリータ趣味に見るような異性の欲望の投影ではなく、彼女をあやつるクリスティナの情欲の変奏である点が、卑近なエロとは一線を画しているところではないでしょうか。


 
読んだ本TB:0CM:0

獣の数字

2006/06/06(火) 22:39:57

「今日って、オーメンの日ですよねっ♪」

近所のスーパーで、レジのおねえさんに指摘された…。

あ、2006年6月6日か。



そうですね。

そうなんですけど、こういうノリって、なんだか…。

う~ん。


   オーメン 特別編
   Amazon.co.jp で詳細を見る


  

なみま雑記TB:0CM:0

弔いの旅路

2006/06/05(月) 17:20:38

梅里雪山―十七人の友を探して

小林 尚礼
山と溪谷社 (2006/01)


1991年正月、隊員全員が消息不明という最悪の結果に終わった梅里雪山初登頂計画。その七年後、氷河の下流から次々に発見された遺体と遺物の回収の任をになって、現地に長期滞在し、2005年まで継続して捜索活動にあたった著者の、聖山カワカブ(梅里雪山のチベット名)への思いと、死者への哀惜、また、滞在先の明永村と山間に暮らす人々の敬虔な生き方をつづった書。
著者は、趣味が嵩じてプロになったというフリーの写真家。雄大な自然、村々の鄙びた習俗や珍しい植生など、写真集としても一見の価値があります。

自然相手のスポーツには、不測の事態が伴うもの。その、不確定要素の存在が、日ごろ鍛えた腕の見せ所でもあり、かえって面白さの一部でもあるのでしょうが、整備の行き届いた国内の登山道でさえ、天候の急変などから大事に至ることもしばしば。ましてや、人跡未踏の険阻ともなれば、もともと生命の危険は覚悟の上の挑戦だったことと思います。

では、はたして、梅里雪山初登頂に、その後の人生すべてと引き換えにするだけの価値があったのかといえば──それはやはり、あったかもしれませんね。
写真で見る限りでも、信仰の対象となって不思議の無い、ひれ伏したくなるほどの威容。芥子粒のような人の姿の、なんと小さく頼りないことか。
遺体の無残なありさまを目にしてもなお、この山頂の征服に命を賭ける気持ちはわからなくもないような気がします。

しかしまた、この計画失敗の原因の一端も、本書の中に、言わず語らずながら、それとなく提示されているように思うのです。
もとより、著者の本意は事故原因の解明にはなく、ましてや責任追求などでは全くありません。しかし、明永村の滞在記からは、カワカブを信仰の対象としてうやまい畏れる地元の人々と、登山をスポーツの一種と考え、単純素朴に「そこに山があるから」登ろうとする外来の登山家との間の、越えがたい溝が見て取れます。

村人たちとの交流を深めた著者は、村人に伴われて、山すそをめぐる巡礼を繰り返すうちに、人間の領域と神の領域の境を、はっきり意識するようになっていきます。
この山に登るということは、侵しがたい神域に踏み込むこと。登山技術や綿密な計画以前に、自覚すべき大切なことがあったのではないだろうか。



未曾有の大遭難事故にしては、マスコミへの露出が少なく、遺体・遺品が発見されたときも、(私が知る範囲では)新聞に小さく報道された程度。
国内のちょっとした遭難でも大きく取り上げられることが多いのにと、長らく不審に思っていましたが、本書でようやく謎が解けました。
辺鄙な土地だというだけでなく、地元の人々の外来者に対する警戒心や反日感情など、マスコミが興味本位でおいそれと入り込めるようなところではなかったのですね。しかし、部外者のいい加減な憶測や責任追及などにさらされることなく済んだのは、遺族の感情を思えば、実に幸いなことでした。

ちなみに、前回の「ウェブ進化論」(pingがまた飛んでないっぽい)で、ロングテールの例として引き合いに出されていた“登山の悲劇本(無神経な言い方だね)”・「空へ」と「死のクレバス」に興味を持ち、amazonに検索をかけたら、一緒にひっかかってきたという、ロングテールの、さらに先っぽの毛みたいな……。でも大変良書でした。
thanks 「ウェブ進化論」。


 
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電気羊の未来

2006/06/03(土) 17:05:59



インターネットビジネスとその周辺環境について、初期から現在に至るまでの推移を俯瞰し、将来あるべき姿を考察した本。

平易にまとめてあります。キーワードも適切です。
この期間を身をもって経験してきた者には、特に目新しいことは見当たりませんが、昔しか知らない人(≒こちら側)と、比較的最近インターネットを始めて、現在の情況しか知らない人(≒あちら側)は、一度目を通しておくのも良いと思います。

未整理の情報の中でアップアップしていた頃、救世主のごとく現れたアイデア検索Googleも、もはや一大企業と化したのですね。

次々に新顔が登場し、おもしろく眺めてきたインターネット業界も、そろそろ成熟に向かい始めたようです。これは避けがたい流れなのでしょうが、私は多様性を愛する人間なので、著者のようにネット一辺倒にはなれない。むしろ、たとえばGoogleの急激な肥大化には一抹の危惧を感じます。
1-0、あちら対こちら、中と外という、単純な二元論は、とってもわかりやすいけど気持ち悪い。

「バベルの図書館」は、発想としては確かにロマンですが、電気信号の集合体、しかも複雑怪奇な装置と仕掛けを介してようやく手の届く情報、というのは、中身の信頼性うんぬんはさておき、なんだかえらくはかないもののような気がするんですよね…。時々、ペーパーバックアップ(笑)ってことを、まじめに考えてみたりします。
「あちら側」の価値は大いに認めますが、すべてをゆだねたくはありません。多分、個人的にはずっと、グレーゾーンにとどまったままで終わるだろうと思います。

入力カードと穿孔機の話が懐かしかったです。
当時、私が通ってた大学ではコンピュータは全部で三台しきゃなくって、それもお高いので通産省の中古払い下げ。それを研究から事務から学生から、全員でシェアするもんだから、どんな単純な処理でも一日待ちとか普通だった(学生は後回しだし)。便利なんだか不便なんだか、実のところよくわからなかったけど(いや、大量データの単純処理以外は、手作業のほうがずっと早かったと思う)、物珍しさからあれこれやってました。
モニターもついてない穿孔機を、おぼつかない手つきで打って。AAってその頃からあったんですが、気の狂いそうな作業でしたよね。
ちなみに、当時コンピュータにまつわる最大のトホホは、電算室に下りる階段(コンピュータは環境の安定している地下に設置されることが多かった)ですっころんで、菓子箱に入った大量のカードをぶちまけてしまうことでした。ま、時間はかかっても、カードは拾って並べなおせば元通りになりますから、フリーズ→フォーマットよりマシと言えなくもありませんが。
海の向こうでは、モニター上で何でもできるアップルとかいうコンピュータが完成したらしいとの噂が、風の便りに聞こえてきました。
もう四半世紀も昔のお話です。



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ディクスン・カーのラジオドラマ

2006/06/02(金) 21:26:39

  ジョン・ディクスン・カー ラジオ・ドラマ作品集

うわー、欲しい! でも高い…。
そこまでするほどのファンではない。

英語の勉強にもなりそう。解説本付だそうです。

全23作品。オーディオ・フォーマット版とMP3版があります。
iPodに入れたら良さげ。
なみま雑記TB:0CM:0

風が吹けば

2006/06/02(金) 17:25:29

バタフライ・エフェクト プレミアム・エディション
バタフライ・エフェクト(cinema)
監督 エリック・ブレス他
アシュトン・カッチャー エイミー スマート
ウィリアム リー スコット エルデン・ヘンソン
2004年アメリカ
posted with amazlet on 06.05.31
ジェネオン エンタテインメント (2005/10/21)
売り上げランキング: 130


父親から特異な能力をさずかった主人公のエヴァンが、心理的なストレスによって欠落した幼い日の記憶を取り戻し、「あの日あの時」に戻って、初恋の少女の不幸な現在を正そうと、生命を危険にさらしてまで孤軍奮闘する、切ないサスペンス。

ある日どこかで」と「オーロラの彼方へ」を足して割ったような、時空を越える私好みのストーリー。
どちらかというと、ポジティブな「オーロラ」のほうが、ユーモラスだし後味が良くて好きですが、「ある日どこかで」や本作のほうが、余情があっていいと思う人も多いでしょうね。

主演のアシュトン・カッチャーは、誰かと思ったら、デミ・ムーアのツバメ…じゃなくて夫でした。今のところ、これぞという出演作はないみたいですが、これからの人かな。
それよりヒロインのエイミー・スマートがすごい。もちろんメイクも手伝っているでしょうが、美人(ホントの美形ではないが、角度によってきれいにも見える)⇔どブス、お嬢様⇔ズベ公と、表情も姿勢も話し方も、別人のようにくるくる変化します。

冒頭の緊迫したツカミから、しんみりするラストまで、よく練られた破綻の無い構成で楽しめます。繰り返し見て、ちょっとした小道具などの仕掛けを確認するのも面白そう。

DVDには、監督解説付きで、ラストの別バージョンがご丁寧にふたつも収録されています。いや~、やっぱり劇場版ラストしかありえないだろ!ということがよくわかりますね。勉強になりました(笑)。


ちなみに、最初から最後まで、蝶々は関係ありません。
タイトルはどういう意味かと思ったら、バタフライ効果のことなんだそうです。なあんだ、まんまだったんだ。
しかし、“蝶のはばたき”に当たるのが、取るに足りないどころか、命にかかわる大事件だし、時間の流れが一方向でなく、後戻りする(未来の記憶を先取りしている)こともあるので、このタイトルは内容と少々合っていないような気もします。

 

見た映画(DVD)TB:0CM:0

白昼の悪夢

2006/06/01(木) 16:15:15

悪夢小劇場(book)
花輪 莞爾著 新潮社 1992年

お花がニッコリって、おかしな筆名。ひょっと女流かと思っちゃった。

ゆるぎない視点と達意の文章、なめらかなストーリーテリング。この手だれの作家は、芥川賞を逃しているんですね。時の運もあったのでしょうか、賞というのは得てしてそんなものですが、なんだかなあ。
平凡な日常の隙間に開いた小さな裂け目。その意外に暗い深淵にふと落ちこんでしまう悲劇を描いた12題。

ちりじごく: タイトルうまい!! 座布団五枚っ。
免許取りたてのおばさんが、ドライブ中に迷子になる話。本人にはまさしく地獄でも、他人から見ればただのまぬけな笑い話なのが、なんとも救われない。
これが世慣れない主婦ならまだしも、有能な歯科医というところがなおさら笑えます。この人、パニックのさなかにも、妙な職業意識を発揮して無料歯科相談室を始めてしまったりして、地理だけでなく、生活そのものの方向感覚がどこか変です。
知人にもいます、方向オンチの外科医が。そんなんで手術箇所間違えたりしないの?って、シロウトは思うんですが、他人の体を上から見るのと、自分が移動するのとは全然違う感覚なんだそうです。なるほど。
ちなみにその人は男性。「地図の読めない女」という本がありますが、私の周辺に関するかぎり、方向オンチに男女は関係ないみたいです。

景徳鎮: 女流詩人にはおそらくモデルがあるでしょう。この人も「ちりじごく」の歯医者さん同様、おおらかというよりは、どこかネジがはずれたような人物で、周囲に落とし穴がたくさん開いています。自分もよく落ちますが、落ち慣れているのでそれほど怪我はなく、釣られて落ちたまわりの人間がおおごとになるという話。

死者の鼾き: 犬のいびきが憂鬱な話。うちの犬もやります。昼間から大いびきでひっくりかえっているのを見ると、ほとほと脱力しますね。寝ながら屁こいて、自分の屁の音に驚いて飛び起きたり。なんなんだよ。
子供の無い夫婦が飼い犬を人間扱いするという、最近では珍しくもない、(ちょっとグロテスクな)愛犬話に始まって、少しずつ方向がずれていく、日常の怪談。この作者はどうも猫びいきらしく、犬にはいささか点数がからいような気がします。

空いっぱいの窓: ちょっとレトロな雰囲気のミステリ。紙の表と裏のように、背中合わせの対照的な人間像が、幾組も登場します。窓いっぱいの空、空いっぱいの窓、その両面を見ることで、ひとは大人になるのだろうか。

白魔: 登山部のパーティーが雪山で遭難する話。かっちりしたドキュメンタリータッチの文章が真に迫る、山岳ホラーの傑作です。危機的状況下に置かれた集団内で、相互に精神的な感応が起きることって、ほんとうにあるのかなあ。ありそう。
ウィンパー卿のマッターホルン遭難の際、空にかかった巨大な十字架の話(「アルプス登攀記」)を思い出しました。

しあわせ家族: よくある話です。でも、よく出来た話です。出来すぎてる話なんです。だから、ありえない話です、何もかも。

窮鼠: 究極のねずみ捕り器“ジャンボ・チューメツ”vsドブネズミのお話。商品名の馬鹿馬鹿しさが冴えていますが、さあて。この話はちょっと作りすぎたかな。

俗物行進曲: あるある~! 主婦に多いんですよ、こういう人。たぶん悪い人ではないんだけど、あまりに一方的。コミュニケーション能力って、話のうまいヘタ以前に、こういうことがまず問題なんじゃないのかなあ。
でも、ここに出てくる先生は、いくらなんでも人が良すぎます。ウケに徹しすぎ。フィッシングとか先物取引詐欺とか、気をつけてほしいです。

銀輪の檻: 美しいタイトル、ドメスティックな罠。「俗物行進曲」とはまた違った意味での、想像力の貧困と一方的な自己主張が、他者の存在を破壊します。

正気: 深夜、ドライブ中に拾った若い女が…という、ありがちな怪談話の科学的分析が思わぬ方向へ転がる、非常にリアルな心理ホラー。
相手を見てものを言わなくちゃ。比較的理系の人によく見られるコミュニケーショントラブルです。理論の世界と違って、世間には物差しが人の数だけあるのです。

切れたG線: 老人福祉施設で持て余されているじいさんは、実はかつて一流の音楽家だった。若い日は戦争に踏みにじられ、戦後は急激な世の中の変化に取り残され、それでもG線上で鳴ることしか選べなかった、「山椒魚」的失意の人生。

物いわぬ海: チリ地震による大津波に襲われる三陸海岸の村人たちのエピソード。「白魔」同様に淡々とした実録ふうの文章で、巨大な自然の暴力に直面する人々の姿、劇的に破壊される日常と運命の変化を描き、短編ながら骨太な味わいがあります。
物語としての読み応え充分で、歴史的教訓もある。「稲むらの火」じゃないけど、こういう小説こそ教科書に採ったらいいのにな。
多くの村人を救った「神」は、やがてこの地をあとに異界へ去る。神話のような結末もこころに残ります。


 


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