常世国往還記

本と映画のノート



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Author:かもめ
読書と映画の鑑賞記録。
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絵のように詩のように

2006/05/25(木) 15:53:42

イベリア
イベリア~魂のフラメンコ~(cinema)
監督 カルロス・サウラ
ピアノ ロサ・トーレス=パルド他
サラ・バラス,アイーダ・ゴメス,
アントニオ・カナーレス
2005年 スペイン

19世紀後半スペイン出身の作曲家、イサーク・アルベニスのピアノ組曲「イベリア」をベースに、音楽と舞踊で構成したミュージカル。
「サロメ」同様に台詞を排除し、踊り手の動きと音楽以外の要素をぎりぎりまで切り詰めた、サウラ監督の一連のフラメンコ映画の集大成のような作品となっています。

邦題には“フラメンコ”とありますが、伝統的なフラメンコにとどまらず、ジャズ、クラシック、モダン・ダンスなど、音楽も舞踊も多岐にわたり、当代一流の舞踊家たちの、専門を超えた幅広いテクニックと、貪欲なまでの表現意欲が目の当たりにできます。

まとまったストーリーはなく、曲から連想する場面を、一見無関係につないでいきますが、スペインの歴史、宗教、民族、そして半島に生きる人々の喜怒哀楽や生老病死を象徴的に描いた一場一場は、まさに「イベリア」のタイトルに貫かれています。
そして、最後の「セビリア」に至って、広い舞台上で、老いも若きも、人生のさまざまな場面での、それぞれの喜びを踊り、嵐にも負けない生命の強さと美しさを歌い上げてのクライマックスとなります。

特に印象的だったのは、やはり、アイーダ・ゴメス、サラ・バラスの圧倒的な存在感。ただ単に美しいというより、見るものに畏怖さえ抱かせるような迫力です。
「グラナダ」におけるアントニオ・カナーレスの、これはフラメンコというより創作舞踊ですが、胸に迫る表現力も、一見に値します。
それからパトリック・デ・バナ。ベジャールのバレエ・ローザンヌでプリンシパルだったとのことですが、アスリートのような隙の無い動きと見事な肉体美(涎)。
あと、忘れちゃならない音楽。美人ピアニストのロサ・トーレス=パルドは、きつい、きっぱりしたピアノで、激しいフラメンコの踊りにぴたりと合っています。その豪快な弾きぶりがまた絵になって、ダンスの所作のようにも見えるのが面白い。

ところで、イサーク・アルベニスという作曲家、有名な人らしいですが、例によってぜんぜん知りませんでした。曲のほうもお初です。情けない。
映画で見ていても分かるとおり、相当な難曲。ドビュッシーらが好んで演奏していたとのことで、同時代のヨーロッパの音楽シーンではかなりポピュラーだったようです。

曲も面白いですが、それ以上に人物が変わってます。
四歳で大人顔負けのピアノ演奏を披露したモーツァルトばりの神童。しかし、中身はとんでもない悪ガキで、幼少時より数々の武勇伝をものし、とうとう12の年には本格的な家出を敢行、まんまと船に乗り込んで南米に渡り、以後、ようやく探し当てた父親に連れ戻されるまでの数年間、ピアノの腕をたのんで各地を放浪していたという剛の者です。
豊富なレパートリーと「海の上のピアニスト」みたいな曲弾きで、流しとしても超一流。モーツァルトもこれくらい度胸があれば、もうちょっとは長生きできたかも。
はたち過ぎて、最愛の夫人を得てから、一度は国に落ち着きますが、彼の仕事は祖国ではあまり好意的に迎えられず、結局フランスに居を移します。音楽的には生涯“スペイン”にこだわり続けた彼が、ようやく同胞たちに認められたのは、外国での成功による逆輸入のようなかたちでした。
遠きにありて想うもの。作品に漂う哀調は、作曲者の望郷の念でもあるのでしょうか。

 
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見た映画(DVD)TB:0CM:0

記憶の横溢

2006/05/18(木) 18:48:37

滴り落ちる時計たちの波紋

平野 啓一郎著
文芸春秋 (2004.6)
通常2-3日以内に発送します。


タイトルはダリの絵かな。
おもに記憶をテーマとする作品集です。

白昼: 本のタイトルを含む散文詩的なもの。最後の視覚効果は、朗読を意識したのか。この古典的な手法を持ち出す勇気は買うけど、これをやるには、ことばの絶対音感みたいなものが必要なので、かなりつらいことになっています。
いるんだよね、出てくる言葉がみんな詩になっちゃうような人が。でもそれは、声がいいとか顔がいいとかいうのと同じで、生まれつきの才能だから。難しいですね。

初七日: 題名どおり、お葬式の話。亡くなったおじいさんの記憶に猫がからむ。「白い犬」(読んでないけど)みたいな幻覚?という思わせぶりで引っ張ります。
短編のくせに、どうにもこうにも流れない文章で、ほんとうに参りました。特に難解でもないし、見慣れない言葉が出てくるわけでもないんだけど、おそろしくギクシャクしていて、前に進めない。
「三島を思わせる」という評をあちこちで見かけるのですが、これが作者の地だとしたら、ほんとかよって感じです。(いやあまさか、“法学部生で若くしてデビュー”というところに反応してるわけじゃないよね?)
文体実験なのかなあ? 「体液を失禁」(体液は滲出。失禁するのは大小便では…)とか、「いかにも雑種らしい斑」(どんな斑??)とか、あちこちのほころびに躓いているうちに、道を見失ってしまった。ひょっとして狙ってやっているのなら凄いことですぞ。
戦争の記憶もありきたりで平板、でもそれも確信犯で、死によって拡散していくイメージのメタファーなのかもしれないが。

珍事: 見ている私を見ている。

閉じ込められた少年: いじめと殺意。コピー&ペーストのように、繰り返し同じひとつの想念がぐるぐると回る、回る。
10年以上経ってから、とうとう実行してしまった話も最近ありましたね…。

瀕死の午後と波打つ磯の幼い兄弟: 穴から赤いものが出てくる話の二点セット。洩れ出すのは、運命の悪意のようなものかな。ネガポジが一瞬ののちに反転、茫漠とした救われなさが残ります。

les petites Passions: 自意識と格闘する十代の、何かと痛い記憶五題。うう、ちょっとこそばゆい。

くしゃみ: そういえば、くしゃみしたとたん、あっ、中身が全部でちゃいそうって思うことがありますね。いや、この話はそういうことじゃないけど。そういうことでもいいんじゃないかと思うけど。

最後の変身: 横組を右ページから読ませるという掟破り。目があちこちして超読みにくいです。これも狙いか??
グレゴール・ザムザのひきこもり的解釈――は、倉橋由美子女史もやっていらして、格別目新しくもありませんが、最後に意識上の新展開あり(ただし、客観的事実としてはそのまま)。いわゆる粘着くんの頭の中って、こんな感じなのかなあ。
統合を希求しつつ、単なる情報の一片として、ネット上に散らばっていく意識の残骸。ただの死(たとえば「初七日」のような)より何倍も悲惨です。

『バベルのコンピューター』: このわかったようなわからんような評論は、前の話の続きで、粘着くんが書いたHPの記事かと思いました。ははは。
タイトルが二重カギで囲んであるのは、これがイーゴル・オリッチなるアーティストの作品名、ということになっているからです。この架空(もちろんそうだよね?)の「作品」の評言の皮を被った創作。(だよね? まさかとは思うが本当にあったりはしないだろうな…)
ボルヘスの命題(あれは小説じゃないし!)を証明するための装置の提案です。宇宙の写し絵としてのコンピューターをめぐる、手の込んだ壮大なホラ話。「順列都市」のマリアあたりに管理させてはいかがでしょう(笑)。
ちなみに、作中で指摘されている「バベルの図書館」の誤訳について、一応確認してみたところ、鼓訳岩波文庫版(1996年第7刷。1978年初訳の改訳)では「記号」ないしは「文字」となっているようです。旧訳ではどうなっていたのか、また、もう一つの翻訳はどうなのかは分からないけど、これも、もしかしたらヒッカケ?


えらくクラシックでストレート、眉間に皺の寄った作家かと思えば、「バベル」のように人を食った作品も。多方向に分裂しているのが面白い。次は長編を読んでみます。



 






読んだ本TB:0CM:2

おかしなおかしな未来社会

2006/05/16(火) 21:55:00

無限がいっぱい

ロバート・シェクリイ著 / 宇野 利泰訳
早川書房 (2006.5)
通常1-3週間以内に発送します。

SFに文明批判をブレンドしたユーモラスな短編集。半世紀を経た現在、アイデアそのものは古くなってしまいましたが、寓話としての意義は健在です。

グレイのフラノを身につけて: “グレイのフラノ”は、安サラリーマンの象徴。ネットじゃないけど、出会い系ビジネスのお話です。ラストは爆笑。
ひる: ブラックホールが生命体だったら! イーガンにも移動式ブラックホール(ワームホールだっけ?)の話がありましたが、こっちのほうが怖いかも。
監視鳥: マイノリティ・リポート。もしくは共謀罪。これは問題ですよ。やっぱりやめたほうがいいって。
風起る: 一難去ってまた。
一夜明けて: 食う寝るところに住むところ、でも人生それだけじゃない、という話。それにしても、彼ら選挙民の生活費はどこから供給されているのかな。選挙資格のない奴隷が存在するという設定なのかしら。
原住民の問題: フロンティア、ないし植民地政策を皮肉った作品。
給餌の時間: おっとっと、ネット詐欺。女の裸に釣られてワンクリックで大変なことに!!
パラダイス第2: 食うものと食われるもの。冒頭とラストに同じ単語が出てきますが、意味は…。
倍額保険: 詐欺から出たまこと。但し書の意味をよく考えてみよう。
乗船拒否: 人種差別の反対の反対の反対の…。
暁の侵略者: 異星人に意識を乗っ取られる話は数々あります(たとえば「ドリームキャッチャー」とか)。でも逆は珍しいのでは。
愛の語学: “愛してる”のもっとも適切に感じられる表現はホニャララ。なんだかトリビアの種みたい。定義できないものは存在しない? んなわきゃないでしょ、というあてこすり。実際の哲学とはちょっと違うと思うけど。


 
読んだ本TB:0CM:0

近未来エコノミックフィクション

2006/05/12(金) 14:34:30

これは良く出来ています。おもしろい!
もとは2ちゃんねるのスレッドです。こんなのあったんだ。


経済学がこの世から消えたら・・・(経済学版より)


なんと~~。中国嫌いとか言ってるうちに、自分とこが社会主義~!!

そういえば、高校の政経って、今じゃ選択教科なんですよね。
こういう仕組みについて、既に知らない人が多いのかな。
危ないですね。



 
そのほか(ドラマetc.)TB:0CM:1

テンプレ変更と、何をやってもpingが飛ぶ件

2006/05/11(木) 16:55:43

テンプレを変更したために、隠れていたバグが出てくることがあるんですね。

トップページは正常に表示されるのに、次ページではサイドバーが落っこちてしまう。

「きっとテンプレの不具合だわ。ホラ、公式じゃないヤツだし!」

と、テンプレート作者さまには非常に失礼なことを考えていた私でしたが(すみませんすみません)、本日ふと、ライブドアの頃、たった一箇所HTMLが違っただけでサイドバーがすっ飛び、原因が分からずに何日も苦心惨憺したことを思い出して、もしかしたらと、一か月分ずつ過去記事をチェックしてみました。

出たね。
アフィリエイトで貼り付けた中身をいじったときに、削除してはいけないタグを削っていたのでした。むしろ、元のテンプレで問題が起きないほうが不思議だったわけです。

こういうこともありますので、テンプレートを交換したときは、トップが正常でも、念のために全ページ確認したほうがよさそうです。


困っちゃうのは、また例のping。
飛ばない時にはサッパリ飛ばないくせに、過去記事にちょっと修正をかけただけで、飛んでしまうこともあり。
現在、ブログの管理のほうからはpingが飛ばない設定にしてあるのに、全く余計なことを。
何とかならんものかと思って調べたのですが、ヘルプ掲示板によれば、仕様とのことです。
これは仕方ないのか…。
なみま雑記TB:0CM:0

パパは最高

2006/05/11(木) 16:12:13

ホステージ
ホステージ(cinema)
監督 フローラン=エミリオ・シリ
ブルース・ウィリス ケヴィン・ポラック
ジョナサン・タッカー ベン・フォスター
2005年 アメリカ
posted with amazlet on 06.05.09
松竹 (2005/11/26)


郊外の丘の上に建つ邸宅に、三人組の強盗が侵入。タリー署長率いる地元警察は迅速に対応するが、犯人たちは高度なセキュリティシステムを逆手にとって、居住者の父子三人を人質に立てこもった。
実はタリーはかつては人質事件のスペシャリスト。自分のミスから人質の子どもを死なせたのがトラウマで、今回の事件も、特別班の到着と同時に手を引くつもりだった。しかし、その矢先、彼自身の子どもたちが謎の組織に誘拐され、犯人から事件の指揮を取るよう強要される。
どうやら、邸宅の主は犯罪組織にかかわる仕事をしていたらしい。組織はタリーを使って、明るみに出てはまずいデータの入ったDVDを、秘密裏に取り戻そうとしているのだ。
二つの事件に挟まれて苦悩するタリーのもとに、丘の家で人質になっている幼い少年から必死の連絡が。
何はともあれ、罪のない子どもを二度と死なせてはならない! タリーは強引に現場復帰し、危険を冒して邸宅に乗り込んでいく。


「最初からその手を使えよ!!」
ウルトラマンのスペシューム光線と申しましょうか、後半、サスペンスというにはあまりの大欠陥がありまして、“名作”とは言いがたいのですが、危機的状況をめぐる人間ドラマとしてはなかなかの作品です。

子供のために体を張るタリーを中心に、家族を精一杯守ろうとする(だけど基本が抜けてる)父親、愛情たっぷりに育った、素直で賢くかわいらしい姉弟、恵まれない境遇のなかで弟をかばう兄、兄を気遣う弟、そして、家族の愛を知らず、人間的な感情を失い、支配―被支配・やるかやられるかの関係しか理解できない病んだ男。

さまざまな感情と利害関係の交錯。
強者と弱者のめまぐるしい入れ替わりもスリリングで、これで“悪の秘密結社”(笑)がもう少し現実味のあるものだったら言うことなしでした。


ところで、ブルース・ウィリスと言えば、ケーブルTVで「ブルームーン探偵社」をやっているようですね。若きウィリスが、ちんけな探偵事務所の雇われ探偵を演じる、コミカルな推理ドラマシリーズです。
このスマートでハンサムな青年の二十年後がこれかと思うと、時の流れに愕然としますが、口が悪くてチャランポランだけど、イザとなったら頼りになりまっせ~というキャラクターは、ダイ・ハードの主人公と似ています。彼の得意芸ですね。


 



 
見た映画(DVD)TB:0CM:0

死の甘美な抱擁

2006/05/09(火) 16:19:33

死霊の恋・ポンペイ夜話

ゴーチエ作 / 田辺 貞之助訳
岩波書店 (1982.2)
通常2-3日以内に発送します。


怪奇と幻想の短編集。
ゴーチエは、画家でもあり詩人でもあったとのこと。視覚と言葉、二通りの表現を自由にあやつる芸術家だったのですね。
ゴシックホラーのような重々しさとセンチメンタルなロマンが溶け合って、実際以上に古風な趣があります。


死霊の恋: 古典的な吸血鬼もの。魔女クラリモンドに魅入られた若い僧の、安珍清姫ばなしです。見どころは絢爛たる美女の描写。遊女が吸血鬼というのは比喩かしら?と思うくらい、クラリモンドには死霊の不気味さがありません。完全無欠の美しさ、まがまがしいまでの艶やかさは、クリムトの絵のようです。
誘う女が悪いのか、ふらふらついていく男がダメなのか。確かに、こんな美人とイイコトできるなら、お堅い信仰もどこへやら、地獄に堕ちてもかまわないと思うのも無理ないかもしれないけれど、全部相手のせいにしなくたって。

ポンペイ夜話: ポンペイの遺跡に残る少女の人型に魅せられた青年は、二千年を経た今もこの地に迷う彼女の魂を呼び寄せてしまいます。花の盛りに命を絶たれた哀れな美女とのめくるめく一夜。女が悪霊ということにされているのが、ちょっとむかつきます。呼ばれて出てきただけなのに~。
牡丹燈籠と似た話ですが、これも耽美的で、怪異譚というほどの怖いことは起こりません。
ちなみに、ポンペイ発掘が本格化したのが、ちょうど十九世紀半ばごろ。灰の中に深くうずもれた古の繁栄のあとが、当時のロマンチシズムを大いに刺激したことでしょう。

二人一役: 入魂の悪魔役で評判をとった若い俳優に近づく謎の男。何かもっとひどいことになるかと思ったら、結局やりたかったのはそれだけ? 芝居好きとは、ずいぶんと人間くさい悪魔です。

コーヒー沸かし: この手の変身を見たのは、ディズニーの「眠れる森の美女」だったかな。コーヒーポットがそんなに色っぽいですかねえ。お尻の大きいところがポイントなのかしら。聊斎志異的幽霊譚です。

オニュフリユス: 青年画家オニュフリユス(うわあ舌噛みそう)が狂気に至るまでの幻覚と妄想の描写は、現代小説に貼り付けても違和感がないくらい真に迫っています。
解説によれば、“作風にも行動にも奇をてらうことを好む同時代の若い詩人たちの退廃ぶりを批判した寓話”とのこと。フランス七月革命にからんで、政府のお先棒をかつぐ御用芸術家になるか、はたまた抵抗するかの選択を迫られ、どちらに与することも嫌って、唯美主義に向かう途上で書かれたもののようです。
しかし、作者の態度は、芸術という魔物にとりつかれ破滅するオニュフリユスの悲劇的な運命を、表面的には揶揄しつつも、実のところむしろ同情的であるように思われました。そもそも、「死霊の恋」にしろ「ポンペイ夜話」にしろ、死の世界の魔物との間に真実の愛を見出すという、退廃と背徳の典型のような物語の作者に、オニュフリユスを非難できるでしょうか???
作中“エスキロル博士の狂気の統計表”に見る“政治による狂人”のダントツの数字(笑)は、まさに革命批判。婚約者のいい加減な変心ぶりも、巷の平凡な健康人を皮肉っているようでもあります。



 



読んだ本TB:0CM:0

ワールドカップ応援歌

2006/05/06(土) 00:59:45

Ancora
Ancora(music)
posted with amazlet on 06.05.06
Il Divo
Sony (2006/01/24)


アンコール用のポピュラーな名曲を集めたアルバム。
各人の主張が強すぎて、「俺が俺が」と少々うるさく感じるところもあった「Il Divo」に比べ、アンサンブルのバランスが良くなり、響きがいっそう美しくなっています。

CCCDノイローゼなもので、つい輸入盤を買ってしまうんですが、これはちょっと失敗だったかな。曲数がぜんぜん違う上に、和製はDVDが付いてきます。値段なりのことはあったかも。

リードボーカルの固定しているコーラスグループと違って、四人がそれぞれ活躍するので、どれが誰の声なのか、ちょっと気になります。
セバスチャン君(ミュージカル&ポップス専門)とカルロスさん(バリトン)はわかるとして、残り二人はどっちがどれなんだろ。トップテナーがスイス人の彼かな? DVDで確認したかったな。

まあ、もうじきPVがじゃんじゃん流れるようになるでしょう。なんせワールドカップの公式テーマソング(Time Of Our Lives)だもんね。
NHKもこれでやってくれたらいいのに、アレンジレンジじゃなあ。さすがに今回はアレンジではないようですが。溜息。

ついでながら、この曲を含むオフィシャルアルバム(VOICES~2006FIFAワールドカップ・ドイツ大会 公式アルバム)は、参加アーティストが豪華絢爛(セリーヌ・ディオン,IL DIVO/マライア・キャリー/ロッド・スチュワート/ケリー・クラークソン/ホイットニー・ヒューストン/ダイド/ビリー・ジョエル/エルトン・ジョン/ウエストライフ/マイケル・ジャクソン/バーブラ・ストライサンド)期待できそうです。

 


偏愛音楽館TB:0CM:1

なつかしの本棚

2006/05/03(水) 23:33:36

世界文学を読みほどく

池沢 夏樹著
新潮社 (2005.1)
通常2-3日以内に発送します。


翻訳家であり、作家・評論家としても活躍する著者の、京大文学部での講義録。
「世界文学」と銘打つなら、せめて中国文学の一つくらいは入れてほしいところでしたが、残念ながら近現代の欧米文学オンリーです。まあ、著者(講師)の専門と、集中講義という限られた時間内での話であることを思えば、仕方の無いことでしょうか。

ポピュラーなタイトルを十冊選び、年代順にそれぞれの文学史的位置づけ、作家論、作品論、方法論などを語っていくという趣向です。(その他、オマケ的に自作「静かな大地」の解説というかメイキング話も加えてあります。)

学生でもなく作家志望でもない、ブックガイドのつもりで読んでいるただの読者としては、創作技術の話題などはあまり興味が湧きませんが、既読の作品についても未読のものについても、翻訳などの実務で培った広範な知識を背景に、ひとつの“読み方”が提示されていて面白かったです。

全体に、未読作品やうろ覚えのものについての話は、「なるほど。このようなものであったか」と、非常に興味をもって読み、日ごろ愛読してきた作品については、「こんなもんじゃない。もっと面白い読み方があるのに!」と、やや不満を感じました。きっと、既に自分なりの読み方が出来てしまっているからでしょうね。

パルムの僧院: おお、このようなものであったか。これを読もうと思い立ったのが、どういうわけか小学校高学年の頃。たまたま家にあったんでしょうね。小学生には無理だよ…。おばさんと甥で愛だの恋だの、変な話だと思って、それきりだった。
アンナ・カレーニナ: そうかなー。珠玉の名作、でも作者はクソ野郎って、よくある話じゃないですか(小説に限らず、音楽でも絵画でも)。ご乱行を私小説に仕立てて評判を取る、なんてほうが、よっぽどタチ悪くないかな(作品の良し悪しは別として)。トルストイは、自分のやってることはダメと分かっている(だから書けない)だけマシではないかと。
訳文にもよるのかもしれませんが、これは作者がヒロインに思い入れたっぷりな作品だと思って読んできたので、著者の感じ方は意外でした。予定調和がお嫌いなのでしょうか。また、女性の立場で読めば、もっと別な感想もあります。
トルストイについて、最近どこかで読んでなるほどと思ったのは、確か「戦争と平和」についてだったと思いましたが、「この小説がダメなのは、いつ誰が読んでも同じだから」というものでした。確かに、「戦争と平和」はつまらない小説ではないけど、ある意味「平板」なんですね。それこそ、語彙さえクリアすれば子供でも読める。あれこれ考えさせるようなところはなく、司馬遼太郎レベルのエンタテインメントと言ってしまっても、それほど違わないんじゃないかと思うくらい単純明快。読書の醍醐味には乏しいかもしれない。
カラマーゾフの兄弟: 昔読んだ。確かに読んだということは思い出せる。クソオヤジ、変な兄貴、アリョーシャにゾシマ様。筋も大体覚えてる。でもそれだけで、何の感想も湧いてこない。読んだ当時もそうだったのです。
「すごく面白い!名作だ!」という人が多いんだけど、わからない。何がわからないのかもわからない。この解説を読むと、ちょっとわかったような気がするけど、でもよくはわからない。
ドストエフスキーは苦手な作家の一人です。あっちウロウロ、こっちウロウロして、どこ見てるのかわからなくなっちゃう。「罪と罰」のような比較的単純なテーマの作品ですら、何か達成感がなくて本当に困る。そのくせ、「死の家の記録」なんてマイナーどころは面白かったりする。
「悪霊」と「白痴(おおっと、差別語なので変換リストにないぞ)」はちょいと訳あって読まなきゃいけないんですが、もう何年も手が出ない。困った困った。
白鯨: そうでしたね。真ん中のウンチクが長い話、という記憶は確かにあります。しかし、捕鯨とグローバリズムの関係は読めていませんでした。そういえば、ペリーが日本に来たのだって、捕鯨船の補給基地開拓が目的の一つでしたっけ。
冒険活劇が目立つので、子供の読み物みたいに思い込んでましたが、ちゃんと読まないとだめですね。
ユリシーズ: 難しいというより、面倒くさいんです。こうして解説を読んでいても、どこがすごいかというのはよく分かるけど、あまりに面倒で読む気になれません。
作者の仕掛けたゲーム。研究者や作り手など、ゲームに参加する気のある人にとっては、おたく心をそそる宝の山みたいな作品なんでしょう。
魔の山: マンは、後半生かなり政治的に動いたせいか、こういう読み方が一般的なんだけど、これじゃあまり面白くありません。確かに細密な描写に凝る作家ではありますが、それは舞台装置に限ったことで、案外肝心な点は読者任せです。
主人公のハンス・カストルプは単なる舞台装置の一つ、“教養小説”も大道具にすぎません。個々のエピソードを、あるいは全体の流れをどう受け取るか、読むたびに発見があって、考えどころの尽きない名作だと思う。
アブサロム、アブサロム!: うーん、名前はよく知ってる作家なのに、どうして今まで読んでないんでしょう。顔つきは違うけど、「百年の孤独」のお兄さんか親戚みたいな話ですね。これは要チェック。
ハックルベリ・フィンの冒険: うむ。野生児ハックはトウェインのユーモア小説の中でも、断然面白い存在だと思う。先見的でもありますし。
百年の孤独: 私は民話より原始的な神話のイメージと見てました。系図や途方も無い数字へのこだわりは、旧約聖書っぽいです。昔語りの衣を着ていながら、本質は紛れもなく近現代の南米の物語であるところがなんとも言えない。「エレンディラ」などの短編も好き。ムードは全く違うけど、エリアーデと共通点があると思う。
静かな大地: 楽屋裏の話はあまり興味が無いので。
競売ナンバー49の叫び: この本を読んだ動機の半分は、この章です。ここ数年、ピンチョンてどうだろうと思いつつも、手が出ませんでした(長いものは失敗だと壮大に時間の無駄なので)。だいたい、あの補注ってどうよ。
これもジョイス的にゲーム本のようですが、こちらのほうは私の趣味かもしれない。がんばってみるかもしれない。

最後の総括も面白いです。まあ、現代がカオスなのは、情報量のせいでもあるけど、それ以上に、現代がまさに現代だからではないかと思う。
常に移ってゆく“今ここ”は、誰にもよく見定めることができないものなのでは。捕らえられそうで捕らえられないそれを、一部分なりともつかまえることの出来ている作品が、おそらく後世に残るものとなるのでしょう。
もう50年も経てば、かなりはっきりしてるんじゃないかな。それまで生きていられたらいいな。



 
読んだ本TB:1CM:2

死の甘い誘惑

2006/05/02(火) 16:06:58

たたり
たたり(cinema)
監督 ロバート・ワイズ
リチャード・ジョンソン クレア・ブルーム
ラス・タンブリン ジュリー・ハリス
posted with amazlet on 06.05.02
ワーナー・ホーム・ビデオ (2003/08/08)


「霊の実在を科学的に証明する」という奇妙な実験のために、うわさの幽霊屋敷に集まった人々が体験する怪奇現象。果たして幽霊は存在するのか。
以下、ネタバレあります。









「出るよ出るよ……」という、いかにも思わせぶりなカメラワーク。
彫像が動くでもなく、肖像画が目をむくでもなく、ましてや怪物に襲われるわけでもない。そういう意味では、このあいだの「ヴァン・ヘルシング」のほうがよっぽど「怖い話」、というか、あれが現実に起きたら、怖いどころじゃ済みませんが、鑑賞する分には、こちらのほうがずっと“純粋に怖い”映画です。


見所は、いわゆるホラーの部分ではなく、映像効果と、それ以上にヒロインの心理描写(迫真の名演技!)でしょう。
母親の看病を一手に引き受けてきたせいで、婚期を逸し、職も無く、身内の厄介者になりかけている地味なヒロイン・エレノアが、漠然とした期待をもって屋敷にやってくる。何の取り得もない彼女に優しくしてくれるイケメンオヤジの博士と美しい娘セオ。

絶好調の滑り出しから、恐怖の一夜を経て、セオの台詞に少しずつトゲが混じり、エレノアのテンションが次第に下がり始める。実はセオはテレパスという設定で、多分本人に悪気はないのだけれど、相手の心を見抜いて、それをつい口に出してしまうのですね。

誰でも他人に触れられたくない部分がある。特に劣等感の強いエレノアは、自分の弱いところを突いてくるセオの言葉を、笑って受け流す余裕がない。博士への淡い想いを、少々意地悪くすっぱ抜かれて、かーっとなります。

いいかげんストレスが溜まってきたところへ、博士の奥様登場。これが見るからに裕福で自信満々の美人。
博士の年齢からいって、既婚で当然なのですが、男慣れしていないエレノアは、ちょっと優しくされたもので、博士も自分に好意をもっていると思い込んで、のぼせあがっている。そこへ、一気に冷や水を浴びせるような存在が乗り込んできた。博士も博士で、「いやあ、参ったよ」とか言いながら奥様にかかりきり。痴話げんかっぽくナイスカップルぶりを見せ付ける。
混乱し、爆発寸前のエレノアに、セオが何だかんだと追い討ちをかけるようなことを言う。
この状態で二晩目に突入し、そこで起きる再度の騒動から一気にクライマックスへとなだれ込むのですが。

結局、何もかもが、エレノアの心理の投影に過ぎなかったのかもしれません。
唯一の怪異現象である「音」にしても、ちょっとした物音が、恐怖心によって何倍にも増幅されたと考えられなくはないし、奥様失踪事件は、はたして屋敷の怪異の仕業だったのでしょうか?(セオと同じベッドで寝ていたはずのエレノアが、長椅子で目を覚ますのは何故?)

そもそも、エレノアが実験に選ばれた理由というのが、ポルターガイスト現象の経験者だからというのも気になります。ポルターガイストは、過敏な人物のストレスが引き起こすという説がありますね。だとすると…。

ホーンテッド・マンションものというよりは、キングの「キャリー」のさきがけのような話かもしれません。


モノクロ映像が、ゴシックムードを盛り上げます。
いかにも古めかしい映画ですが、凡百のホラーとは一線を画しています。ロバート・ワイズ名監督は期待を裏切りませんでした。



ほんとはシャーリイ・ジャクスンの原作を読もうかと思ったのですが、それこそ祟られそうなので、映画だけちょっと覗き見しました。
映画のほうでも、冒頭のエレノアの兄弟を始めとして、無神経で感じの悪い人物(エレノア視点で)のオンパレードでしたから、小説はさぞやイヤな書き方をしてあるのでしょうね。


 

見た映画(DVD)TB:0CM:0

キュート

2006/05/01(月) 16:58:45

ミニミニ大作戦
ミニミニ大作戦(cinema)
監督 F・ゲイリー・グレイ
マーク・ウォールバーグ シャーリーズ・セロン
エドワード ノートン セス・グリーン
2003年アメリカ
posted with amazlet on 06.05.01
ポニーキャニオン (2005/07/06)


意外な拾い物。
オリジナル1969年作のリメイク版です。元を見ていないので比較はできませんが、二番煎じだとしても、スピード感たっぷり、仕掛けもなかなか洒落ているし、新型ミニもカラフルでかわいい、これはこれで楽しい作品でした。

泥棒対泥棒、騙し騙されのピカレスク、といっても、ストーリーはいたって単純で、気楽なエンタテインメントです。

全編カーアクションが売りかと思ったら、ミニクーパーが縦横無尽に爆走するのは後半。前半の見せ場はベニスのボートアクションですが、これが案外なことに、後半に勝るとも劣らない迫力で、一見の価値はあります。
水の都のボート、大都会のミニ、アクションだけでなく、映像としてもきれい。

マーク・ウォールバーグは、どこかで見たと思ったら、「パーフェクト ストーム」の若い漁師ですね。ばりばりのハンサムではないけど、感じのいい青年。紅一点のシャーリーズ・セロンはスリムでコンパクトで、ミニにぴったり。きれいだけど、ごてごてしていないところがいい。他のキャストも、おっ!と目立つ俳優はいないけれど、みんなそれなりに役にはまっていて、リアリティがあります。
あと、音楽も良かった。サントラいいかも。

地味ながら、手抜きのない映画。昔の話題作のリメイクは、ガッカリすることが多いのですが、これは珍しく良かったです。


 
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