常世国往還記

本と映画のノート



メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

12 | 2006/01 | 02
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -

カテゴリー

最新の記事

過去ログ

ブログ検索

FC2ブログランキング

RSSフィード

プロフィール

かもめ

Author:かもめ
読書と映画の鑑賞記録。
日記もちょっとだけ。








ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

スポンサーサイト

--/--/--(--) --:--:--

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
スポンサー広告

スフィンクス

2006/01/31(火) 00:48:39

ダ・ヴィンチ・コード 上


ダン・ブラウン著 / 越前 敏弥訳
角川書店 (2004.5)
通常24時間以内に発送します。

ルーブルの館長ソニエールが何者かに殺害された。その遺体の周囲には円や数字や記号が描かれ、さながらダ・ヴィンチの“ウィトルウィウス人体図”の活人画(死んでるけど)であった。
ソニエールの不可解なダイイング・メッセージから、たまたま訪仏中の米国人ラングドン教授に容疑がかかる。そこへタイミングよく現れた、館長の孫にして政府の暗号解読官ソフィー。
彼女はたちまちメッセージの一部を解読し、警察の目をあざむいてラングドンを救出。
二人はダイイング・メッセージに託されたソニエールの遺志に動かされ、警察と謎の宗教団体の追及をかわしつつ、聖杯の秘密を探る危険な冒険にのりだすことになった。


映画をみる前にと思って、とうとう読みました。
キリスト教のタブーをテーマにした点が、「薔薇の名前」と似ていますが、これだけ宗教がらみでありながら、ちっとも宗教的でないところが、なんともアメリカ的というか。

サスペンス・ミステリとしては、とてもよく出来ています。暗号はどれも古典的ですが、なにしろ数が多いので。よくこれだけ考えましたね。作者の方、ご苦労様でした。
映画向きの小説です。舞台はルーブルに始まって、全編キリスト教の遺跡めぐりですし、タイトル通り、謎は美術・工芸がらみ。活字で読むよりもむしろ視覚情報があったほうが、わかりやすいし楽しいかもしれませんね。

岩窟の聖母」とルーブルの前庭は、どうにもイメージがわかなかったので、ネットで確認しました(昔むかし、はるばるルーブルに行ったら、休館中だった…)。
どちらも個人の方のサイトですが、作中で問題になっている部分がとてもよくわかりました。ありがとうございました。

ただ、残念なのは、エンタテインメントとしては上等でも、宗教性がないのと同様、芸術性(ないしは文学性)にも乏しいことです。これだけ名画や宗教美術が出てくるのに、あるのは大量のウンチクだけ。
それだけでもまあ、知的な刺激にはなりますが、せっかくダ・ヴィンチなんだから、ミステリ仕立てのツアーガイド本みたいになってしまったのが、ちょっともったいなかった。個人的には、もう少し何か、色付けが欲しかったです。

やはりウンベルト・エーコは偉大ですね。


スポンサーサイト
読んだ本TB:0CM:2

おたくのお隣り

2006/01/27(金) 15:38:44

「おたく」の精神史

大塚 英志著
講談社 (2004.2)
通常2-3日以内に発送します。

宮崎勤の死刑が確定しましたが、他の大事件と重なったためか、マスコミはわりあい静かでしたね。
弁護団のコメントが見当たらなかったのはどうしてでしょう。このような明らかな敗訴の場合、コメントはしないものなんでしょうか。
まあ、言うべき言葉がないといえばそうか。


以前、2号が「おたくとマニアの違い」を分析してみせたことがあります。
彼はとある分野の“マニア”なのですが、「○○おたく」のようにおたくと混同した呼び方は是非やめてもらいたいと。両者は似て非なるものなので、十把一絡げにされたくないそうであります。

彼によれば、一般に、おたくは閉鎖的、マニアは開放的。おたくの集まりは「布教活動」だが、マニアの集まりは「情報交換」。
おたくがもともと趣味嗜好の一致する人間同士で固まる傾向にあるのに対し、マニアは相手構わず自分の趣味を披露し、その素晴らしさ?を喧伝して仲間を増やそうとする。

したがって、同じネタでも、例えば「ガンダムおたく」と「ガンダムマニア」は、全くの別物である。
同じマニア傾向のある者として、「ガンダムマニア」の気持ちはわかるし、ガンダムを知らないなりに、話していて面白いと思う。
しかし、相手が「ガンダムおたく」だと、ガンダムを見たことのない自分はそもそも話に入れてもらえないことが多いし、会話に入れたとしても、批判的なことを口にしようものなら、たちまち弾かれる。それは、マニアが非マニアに「物好きな」とか「変」などと言われて「わかんないかなあ…」と残念がるのとは、全く異なる反応なのだ。


ふふふ。2号もなかなか面白いことを考えるようになりました。
具体的には、エヴァおたくに「あれがわからないのはお前がガキだからだ」とやられて、憤慨しているわけね。マニアは一部なりとも趣味がつながればそれでよしとするのに対して、おたくのほうはどうも、世界観が一致しないと相手を否定する傾向があるのかもしれませんね。
そのように考えると、この本の著者がおたく文化とオウム真理教を結びつけるのも腑に落ちます。


昔々の八十年代、私がまだ学生だったころ、周りにはおたくがうじゃうじゃしていました。身内にも一人いました。
彼らと興味の方向性が同じなので、いかにも話が合いそうなのですが、これがどうにもうまくいかない。
この本に出てくるおたく系の出版社に出入りしたこともあるし、友人つながりでその筋の教祖的な人を訪ねたりもしているのですが(著者ともどこかですれちがっているかも)、何か違和感があって、話がかみあいません。

彼らの関心事に私も興味がある。だから、彼らを否定する気持ちはないのに、彼らの世界に彼らほどのめりこめない。
彼らがもてはやすファンタジーなりアニメなり、虚構の世界は、私にとっては現実の対照であったり、あるいは現実を解釈するための手段だったりする。あくまでも現実が主なのですが、彼らにとっては、虚構の世界自体が、現実とは関係なく独立した価値を持っていて、つまらなくくだらない現実よりもはるかに意味のあるものだった。そこが、彼らと私が大きくずれている点だったように思います。

このようなおたくの感覚は、私自身にとっても、かつては親しいものでした。子どもの頃の「ごっこ遊び」がそれ。
アニメの主人公やヒロイン、または、自分が勝手に追加したキャラになりきって、もとのストーリーをいじりながら遊びました。二次創作もさんざんやりましたよ、小学校高学年のころ。
でも、いつの間にか、現実のほうが面白くなって、そっちにウエイトが移りました。大きくなって、次第に現実に手が届くようになると、虚構の中であれこれやるより、現実に行動するほうが面白くなったのです。
だから、コミケもコスプレも、ある程度面白いと思いながらも、心のどこかで「ガキの遊び」と考えていたのでしょうね。

背景には、社会が完全に安定し、高度成長が終りにさしかかり、現実が変化しにくくなっている状況があったのかもしれません。10年後、20年後が簡単に予測できてしまうような安定路線(実際は大幅に違いましたが)の中で、うまくいっている人も、うまくいかない人も、自分の人生を自分で支配するという感覚が乏しくなっていく。

高度成長の最後のあだ花みたいな、80~90年代のバブルは、現実には何も変わっていないのに、やりとりされる数字(金額)だけで価値が上がっていくという、極めてファンタジックな出来事でした。
現実の虚構化と、虚構を現実化することは、著者の言うように、背中合わせに存在するのでしょう。そして、現実がどこにあるのかあやふやなまま、現実に対して無力な子ども感覚の延長としてのおたく文化が発展する。

バブルがはじけ、デフレが浸透するにつれて、おたくの世界も矮小化しました。壮大なファンタジーを共有し作りこむといった気概は失せ、誇大妄想的でないかわりに、発展性に乏しく、受動的で個人的な隘路「萌え」へと追い込まれつつあります。

オウム事件をおたく文化最盛期の鬼子とすれば、社会性を喪失し、個室に閉じこもり、肥大した負のファンタジーを現実に投影してしまった宮崎事件やサカキバラ事件は、おたく文化のなれの果てであると同時に、その変容のさきがけだったのかもしれません。


読んだ本TB:1CM:0

薄日のさす朝に。

2006/01/20(金) 18:03:05

トラックバック企画に参加。

Mercury Falling
Mercury Falling
posted with amazlet on 06.01.20
Sting
A&M (1996/03/12)


冬といえば、コレかしら。
毎年、この時期になると必ず聞いてますね。
“The Hounds Of Winter”だけじゃなく、アルバム全体が、なんとなく冬向きで好きです。
偏愛音楽館TB:0CM:0

空中楼閣株式会社

2006/01/20(金) 17:46:16

ホリエモンがあんなことになっちまって、勝ち組からあっという間に負け組に転落。
何があるかわからないものですね。
それでなくても「出る杭は打たれる」社会で、誰とは言わんがテレビ局のお年寄りなど、例の一件以来、どうにかして足を引っ張ってやろうと鵜の目鷹の目だというのに、スキがありすぎです。
何があっても、違法行為はいかんよ。
ライブドア、会社そのものがアネハ製だったとは。



昔はやった「金魂巻」(マル金・マルビとかいうアレ)に毛(=数字)の生えたような本でして、おもしろいけど、分析の仕方がどうこうと、まともにとるようなシロモノではありません。

著者は、コピーライター的才能のある人で、キーワードはなかなか本質を突いていると思うところもあります。
もともとマーケティング関連の仕事をしている人なので、著者自身が、社会現象を見るにあたって、個人を測るものさしに、もっぱらマーケティングにとっての重要事項である経済力の大小を使うのは、無理からぬことと思います。
しかし、このような見方を一般の読者までがもてはやして、上流・下流などと色分けしたがるのは、何か寒々しい感じがしますね。

本書に登場する「上流」の方々の人生観は、どうにも浅薄で、努力と勉強と社会的成功の果てにあるのがこの程度のものかと思うと、がっくりきます。
スノビズムが、反省も羞恥もなく、大手を振ってまかり通る国って、なんか情けない…。
人間金のあるなしがすべてじゃないというのは、ほんとうにただの負け惜しみなのでしょうか? こういう発想になるのも、私が下流人間だからなのでしょうか。


記事のタイトルはこれ↓に収録の掌編から。なかなか面白いですよ。
水中都市・デンドロカカリヤ 安部公房

 


読んだ本TB:0CM:0

事実は告発する

2006/01/19(木) 11:45:42



著者は、主にドキュメンタリー番組の制作に関わってきたNHKの現職プロデューサー。
テレビ・ドキュメンタリーの発祥から書き起こし、放送が始まってから今日までに放映された、第二次大戦関連の主要なドキュメンタリー番組のダイジェストに、番組制作の背景や、当時の世相を付記、さらに、著者による考察を加えた、たいへんな労作です。

取り上げられた番組は実に70本。テーマ別、発表年順に排列され、作品そのものへの興味もさることながら、未だ戦争の傷跡の生々しく、視聴者の多くが当事者だった1950年代に始まり、今日に至るまでの、第二次大戦観の変遷がうかがえるのが面白い。
ドキュメンタリー番組は、リアルタイムの報道とは異なり、制作者の視点を中心にした「作品」であるとはいえ、あまりにも客観性を欠いた歴史本が大量に書店に並ぶ昨今、その時代時代において、真摯に事実に肉薄しようとする数々の試みを俯瞰した本書の意義は大きい。あらためて事実というものの重さを感じます。


政治的に利用されようが、個人がいかなる解釈が加えようが、起きたことは起きたこと。亡くなった人は戻らないし、残虐な行為に汚れた手は、どんな理屈をつけても洗い清めることはできない。肝心なのは、補償の形式や金額ではなく、あの戦争を正視することだったが、トップから一般市民に至るまで、当事者の大部分がそれを怠ったために、戦後の民主国家日本が虚構に堕してしまい、それが近隣諸国との軋轢の大元になっています。

日本の戦争責任があいまいにされたのは、占領国の都合によるものとの見方もまた、事実とは別次元の「解釈」にすぎません。
二世代隔たった今の若い層にとっては、参戦と敗戦は「愚かだがやむを得ぬ悲劇」であり、天皇以下日本人全員が歴史の犠牲者だったというひとつの「解釈」だけが真実となりつつあるのではないかと懼れます。


最終章では、昨年問題になった、政治権力による番組への干渉騒動に触れています。こういった事件も、本書の執筆動機のひとつであったかと思われます。
さすがに内部の人なので、それが事実であったか否かには言及せず、番組制作上の問題点―横槍の入りにくい表現方法があったのではないかということ―を上げるにとどめていますが、しめくくりの「検閲と隠蔽」の項は、メディアによる報道の限界を示唆しているのかもしれません。
読んだ本TB:0CM:0

犬がいない八犬伝

2006/01/04(水) 23:45:30

暮も正月もあったもんじゃありません。お年越しで仕事でした。
何年続きの年末進行やら。下請けはつらいぜ。

というわけで、正月用に買った本も一切読めず、普段の三倍の家事と仕事をこなしつつ年が明けました。
平均睡眠時間四時間。もう身がもたん。カンベンしてくれ。

そんな中にも忙中閑アリ、新春ドラマの八犬伝はぬかりなくチェック。
面白かったです。まあ、なんたって、原作が歴史的大ベストセラー大衆小説ですからね。どういじってもつまらなくなるはずがない。

それにしても、みんなどこかの局の時代劇でみっちり鍛えたせいか、殺陣がなかなか決まっていてかっこよかったし、カンノ久々の気合の入った悪役で、見ごたえがありました。

ところで、八犬伝を読んだことのない2号3号と、原作と違うところを解説しながら見ていたのですが、あり? 八房っていつ出ましたっけ?
出番が無かったですよね? なぜ犬がからむのか、あれじゃわかりませんよね?

あまり深く追求したくはないけど、えー、伏姫×八房は、やっぱり獣姦を連想するので教育的配慮から省いたんでしょうか? 個人的には、そこまで考えなくてもいいと思うんだけど。
せっかく戌年なんだし、っていうか、明らかに戌年を意識した企画なんだから、どうせならわんこを出してほしかったな。


さて、残り十日ほどで今の作業にケリがつきます。
そしたら積読本の消化にかかります。
そのほか(ドラマetc.)TB:2CM:0
ホーム全記事一覧
Copyright(C) 2006 常世国往還記 All Rights Reserved.
template designed by 遥かなるわらしべ長者への挑戦.
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。