常世国往還記

本と映画のノート



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かもめ

Author:かもめ
読書と映画の鑑賞記録。
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愛別離苦

2005/09/27(火) 17:42:49



情事の終り
グレアム・グリーン 田中西二郎訳 
新潮社(新潮文庫)1959年
職業作家として一応の成功をおさめているベンドリクスは、かつて愛人関係にあった美しい人妻サラァを激しく憎んでいる。
一年前、二人はサラァの夫ヘンリを通じて知り合い、誠実で気のいいヘンリの目を盗んで密会を重ねていた。それは、戦時下の、死と隣り合わせの暗い日常を背景に、リアリストで皮肉屋のベンドリクスが柄にも無く我を忘れるほどの、スリリングで熱い恋だった。
しかし、ベンドリクスが幸福の絶頂にあったまさにそのとき、彼らの関係はサラァによって一方的に断ち切られてしまう。なぜ。
二人の情事は、彼女には軽い遊びだったのか。愛してもいない夫との安定した生活が、そんなに大事だったのか?
ある夜、しばらくぶりに会ったヘンリから、サラァの浮気調査の話を持ちかけられ、ベンドリクスの憎しみは更に燃え上がった。浮気女め。俺の他にも次々と愛人を作っているのか!
しかし、ヘンリの代理で探偵を依頼した彼のもとに届いたサラァの日記には、彼が思いもかけなかった彼女の真実が綴られていた。


早川でグリーンの改訳シリーズやってます。これもじきに新訳が出るのではないかと思います。確かに古風な訳文。ヒロインの名前も今なら“サラァ”とはしないんじゃないかな。細かいことですが。
でも、本作の場合、クラシックなモノクロ映画を見ているようで、古いのがかえってしっとりと良い味わいです。新しけりゃいいというものでもありませんね。新版「二十一の短編」はちょっと閉口でした。

ヨロメキ物かと思うような題名ですが、案に相違して、きわめて真面目な小説です。
中心にあるのはもちろんサラァの日記ですが、これが全編、信仰告白、キリシタンで言うところの“コンヒサン”でしょうか、そういったものになっています。
苦しいほどの愛情、その裏にある生の孤独、そして死と喪失へのおそれ。信仰など無縁の近代人として、魂の自立を疑わなかったサラァは、感情的な極限状態の中で、無意識に神を求め、その自己矛盾に苦悩します。
心変わり、別離、死…終りのある人間の“affair”と、永遠の神の愛。それは並び立たないものなのだろうか、それとも。

神様仏様を(苦しい時以外)必要としないし、なくて当たり前と思っている日本人には、ちょっとわかりにくいです。神様はこんなにも人にまとわりつくものなのか……というところでハッと思い出しました。

マキューアンの「愛の続き」。あのタイトルは、このことだったのか。
全然気がつかなかった。あの時は、まだグリーン読んでなかったし。
神様って、ストーカー? いや、まあ、そういうわけではないんですが。
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かぼちゃの馬車

2005/09/17(土) 15:31:25



この町の誰かが(book)
ヒラリー・ウォー 法村里絵訳
東京創元社(創元推理文庫) 1999年

これは探偵小説ではありません。厳密には推理小説とも言えるのかどうか。
まあ、読者は犯人探しが気になるでしょうし、事件解決のためのヒントも、あとから思えばそれなりに提出されてはいるのですが、すべてを考慮したところで、はたして真相にたどりつけるでしょうか。
どうも作者自身、あまり謎解き小説を意識してなかったんじゃないかと思うのです。

郊外の小ぎれいな新興住宅地で起きた暴行殺人事件。
被害者となった女子高生は、いかにも「隣のみよちゃん」タイプ。美人ではないがちょっと可愛くて、抜群の優等生ではないけれど問題児でもない、ちゃんとした家庭で育ったごく平凡な良い娘だった。
どこの誰に起きても不思議ではない殺人。しかも、当初の予想に反して、犯人はどうやら町の人間らしい!
平和な町の住民たちは、たちまちパニックに陥ります。

安全な町、善人ばかりの住む町。
誰にも親切で、弱者に優しく、人種差別などない、アメリカの理想の町という表皮が、たった一つの事件をきっかけに裏返っていく様子が、関係者のインタビューや、捜査会議のレポートなどを通じて浮かび上がります。
町中を覆う疑心暗鬼の闇。弱いものから順にはじかれてゆき、そして遂には第二の犠牲者が……。

誰もが信じたいアメリカ的な「無垢」や「善」のうそ臭さ。表面の虚飾を取り払ったとき、わずかに残る人間の真の強さや愛は、はたして救いの杖とするに足りるのだろうか。

エイズをはじめ、今日的な話題が出てくるので、アレレと思ったら、割合最近の作(1990年)なのでした。

清く正しい町に不似合いな犯罪が起こり、ねじれた人間関係があらわになるという話は、たとえばクックが「神の街の殺人」で書いたことと似ています。クックと違って、話が宗教に限定されていないので、より身近で普遍的です。
テーマ自体は、推理物ではありませんが、映画「アメリカン・ビューティー」と似ています。

結末もいかにも現代的です。「事件当夜は雨」や「愚か者の祈り」に比較すると、同じウォー作品でも、ここ数十年での"御近所の犯罪"の変容がしのばれて、なかなか興味深いです。


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めんどくせ

2005/09/16(金) 16:28:47



論争・東大崩壊
竹内 洋・中公新書ラクレ編集部編 中央公論社(中公新書ラクレ)2001年

東大を語る人たちって、どっか変なんじゃないの?
読んだ本TB:0CM:0

余計な種明かし

2005/09/12(月) 19:21:41




劇場版 NEON GENESIS EVANGELION - DEATH (TRUE) 2
Air / まごころを君に(cinema)

監督 庵野秀明 1997年 日本


いまごろ何を考えてんだとおっしゃる向きが多いかとは思いますが、ものすごく評判の高かったアニメなので、まあ一回くらい通しで見ておこうかなと。

レンタル屋の割引日に、テレビ放映版をまとめて借りて参りました。

↓実行前の2号のコメント。


本気で見るのか? 
まあ、見たっていいけど、
アニメなんだから! 
期待しすぎちゃダメだから!!
ツッコミ禁止で!!!


はいわかりました。突っ込みません。

でも第8話まで見たら、おなかがかゆくてたまらなくなったので、いきなり劇場版最終話に飛んでしまいました。

ああー、ここまで飛ばすと、さすがにわけがわかんないです。

でもまあ、いいです。
最初から全部見た人も、ラストは何がなんだかわかんなかったみたいなので、同じことですね。



夢オチかなって思ったら、いくらなんでもそれは違いました。

でもさ、夢オチでこそなかったけど、これだけオタクひきこもり系ヒロイズム妄想でひっぱってきて、最後に結局全否定ってのは、ちょっと冷たいですね、作者の人。
ファンと等身大の、冴えない主人公が、かわいこちゃんたちの間でもみくちゃになったり、ヒーローになったりと、さんざん、感情移入でいい気持ちにさせておいてさ、最後に「(相手の女の子なんか)誰だっていいんでしょ」とか「自分のことも嫌いなんでしょ」とか、それはないじゃん。

アヤナミちゃんの扱いも、ずいぶんでしたよね。


しかし、そうは言っても、やっぱり見てよかったですよ。
聞くと見るとじゃ大違いでした。
視聴前の想像と大幅に異なる点は、

  
  • エヴァってロボットじゃないんだ(ガンダムと似たようなものかと思った)

  •   
  • エヴァってメスなんだ!!(そもそもオスメスがあるとは…)

  •   
  • 綾波が主人公じゃないんだ(他の登場人物を知らなかった)

  •   
  • 綾波がヒロインってわけでもないんだ

  •     (てっきりそうなのかと)
      
  • これ、わりとアダルトだ (エロもグロもある。小学生以下はダメ。
       個人的には中学生もやめておけと思う)

  •   
      
    あと、エヴァがコード付き(へその緒?)ってのも、けっこう衝撃的でした。

    う~ん、細々したディテールが人気を呼んだのでしょうけど、フィクションを作りこむためのフィクションてのは、どうも私はめんどう臭くて……。(指輪物語(原作)もそれでのめりこめない部分があったし、イーガンもそのあたりがちょっとうっとおしい。)


    劣等感、引きこもり、自傷行為、過剰適応。思春期の問題を類型的に取り上げすぎるのもどうかと思うし、どうせマンガだとはいっても、クリスチャニズムをこういう形でいじるのは、あんまり賛成できない。
    あれこれ作りこんだ割には、最後の止揚が説明不足で(だからみんなわかんないんだよ!)、感覚的になりすぎちゃった気がします。

    これなら「2001年宇宙の旅」とか「幼年期の終わり」のほうが、よっぽどわかりやすいかも。

    内容が難解なんじゃなくて、描き方の問題なんだと思うよ。

    あ、結局、つっこんじゃった。
    見た映画(DVD)TB:0CM:0

    だまし絵

    2005/09/10(土) 17:53:26



    事件当夜は雨
    ヒラリー・ウォー 吉田誠一訳 
    創元推理文庫 2000年

    まず序章で、「出遭いがしらの殺人」という以外に何の共通性も無い三つの事件が、ある本に採録された「実話」として紹介されます。
    それからおもむろに本編に入るのですが、しょっぱなからいきなり起こる殺人事件、先の三つの事件とは無関係で、「いったい何をやってるんだろう作者は」と思いながら読み進めるうちに、だんだん、登場人物や捜査のそこここに、三つの事件のそれぞれの特徴が、うっすら透けて見えてきます。
    それで、ようやく序章は全体のヒントなのだと気がつくわけですが、さあ、三つのパターンのどれが正解なのでしょうか。それとも、全く違う展開が用意されているのかな?


    推理の主役は田舎町の警察署の署長と部下たちです。頭脳明晰なスーパースターは一人も登場しないけれど、彼らがスーパースターでないからこそ、読み手のほんの半歩先を歩いているような臨場感があり、ついついのめりこんでしまいます。

    豪雨の夜に殺されたよそ者の果樹園主。彼を取り巻くのは、若くて美人の女房、ちょっとイケてる使用人の青年、長年音信不通のあやしげな弟。周りに転がっているのは、どうとでも解釈できそうな、平凡な手がかりばかり。
    噂好きでおせっかいな田舎のおばちゃんたち、営業努力の対極にある雑貨屋のおやじの放漫経営など、情報提供者?の悪気の無い攪乱に悩まされながら、署長たちは根気良く捜査を続けます。登場人物についての辛らつだがユーモラスな描写も、ウォー作品の魅力の一つ。

    悪戦苦闘の果て、いよいよ手詰まりかと思われたそのとき、彼らはついに真犯人にたどりつきます。しかし、話はまだ終わりません。


    どうでもいいけど、写真の帯がヤダな。








    読んだ本TB:0CM:0

    私を見て。

    2005/09/05(月) 15:03:33



    愛の続き(book)
    イアン・マキューアン(1997年)
    小山太一訳 新潮クレストブックス 2000年
    愛についてのややこしい考察です。

    著名な科学ジャーナリストのジョーは、同棲中の恋人クラリッサと訪れた公園で、気球の事故に遭遇します。ジョーの目の前で、子どもを乗せた気球が、誤って浮上しはじめてしまったのです。ジョーを含め居合せた男数人が、気球を止めようとぶらさがりますが、力及ばず、皆があきらめて手を離した中、最後までロープを放さなかった男が、空高く上昇した気球から力尽きて墜死してしまう。(皮肉なことに、子供はその後、自力で気球を操って助かります。)

    この悲劇的事件以来、ジョーは、己の無力感にさいなまれ、鬱状態になりますが、ジョーと同じく手を離した一人である青年パリーは、運命の冷酷さに対するおののきと、死んだ男を救いたかったという強烈な願望を、何故か歪んだ形でジョーに向けるようになります。

    「あなたは僕を愛している」
    「あなたは救いを求めている」

    唐突にジョーの前に現れたパリーは、何の根拠もなく断定し、
    「僕はあなたを救いたい」
    と一方的に宣言します。

    一体なんなんだ、これ。愛の告白??
    なんで俺? ホモっ気なんて全くないし、どこから見てもさえない中年男なのに!

    しかし、ジョーがどんなに否定しても、パリーは彼をつけまわすのを止めません。
    ただでさえ、事件のショックで不安定になっているところへ、追い討ちをかけるようなストーカーの出現。しかも男!(といっても、いわゆる同性愛とはちょっと違うようなのですが。)
    動揺しまくるジョーの言動は、次第に支離滅裂になってゆき、相思相愛のはずの恋人との間にも小さなひびが入り始めます。


    ストーカー特有の一方的な愛。パリーの創作した愛の妄想世界のなかで、ジョーは一つの役柄を押しつけられてしまっています。
    パリーはもちろん常軌を逸していますが、しかし、このような愛のかたちは、程度の差こそあれ、正常な精神にも存在するのではないか。

    人は、一人一人が、脳に司られる閉じた精神世界を築いています。だから、誰かを愛するということ、それは、自分自身の世界の中で、自分が勝手に思い描いた相手の虚像と、愛の物語を演じることに過ぎないのかもしれない。
    まるで子供たちのごっこ遊びのように。

    クラリッサに対するジョーの態度、すれちがうクラリッサの気持ち、あるいは、気球から落ちたローガンの妻が亡き夫に抱く疑惑。人が外部に背を向け、自分ひとりの世界に内向するとき、愛する他者のイメージは現実のすがたから遠ざかり、二つの世界は交わることなく、苦しみを伴って離れていきます。

    それならば、愛とはなんだろうか。ただの個人的な幻想なのか。それとも、たまたま役者同士の方向性が一致して成立する三文芝居なのか。
    ストーカーの一方通行の愛と、夫婦や恋人の愛の世界は、どこが違うのだろうか。愛の成立する条件とは、愛の継続する条件とは何だろうか。

    この問いに対する答えは、皮肉にもパリーが与えてくれているようです。
    愛の成立条件は「宥し」。互いの世界を理解しようと努め、互いの世界を許容し、相手の中の、少しずれた自分の姿をも許容すること。
    そして、同じ物語を共有すること。

    同じ経験を共有しながら、パリーの叫びを拒絶し、宥しを与えなかったジョー。
    クラリッサの言うように、ジョーがパリーを(心理的に)受け入れていれば、パリーは狂気に呑まれずに済んだのでしょうか。クラリッサとパリーが両側からジョーの手を取るかたちで、三人は水の分子のように安定した関係を築けたのでしょうか。

    最後に、付録のように、精神科医の視点からこの物語が淡々と語られます。
    愛も宥しも入る余地の無い冷徹無比の客観的分析には、医学的な治療の可能性はあっても、幸福な解決など無いということのようです。


    クラリッサがキーツの研究家という設定で、随所にキーツに関する記述があります。きっとこの小説の進行と何らかのかかわりがあるのでしょうが、キーツをほとんど知らない私には読み取れず、残念でした。


    (追記)映画化されたようです。日本に来るのかしら。複雑な話なので、映像化は難しそうですが、どんな作品になっているのでしょうね。

    (関連)「情事の終り」G.グリーン



    読んだ本TB:0CM:0

    ひどく疲れる悪夢

    2005/09/01(木) 14:52:51



    28日後...特別編(cinema)
    監督 ダニー・ボイル
    キリアン・マーフィ,ナオミ・ハリス,
    クリストファー・エクルストン,ミーガン・バーンズ
    2003年 アメリカ


    病院の一室で昏睡から目覚めた青年。
    あたりに人影は無く、物音もしない。
    彼が眠っている間に、街は無人状態になっていた。
    何が起こったのか。
    みんな、どこへ行ってしまったのだろう。

    拾った新聞には、悪性のウイルスが蔓延し、市民は国から脱出したと書かれている。別の新聞には、外国でも感染者が現れたとの記事も。

    ウイルスはどうなったのだろう。
    残った人は皆死んでしまったのか?


    掴みがすごくいいんですね。
    目が覚めたら、人っ子一人いない無人の都市。
    世界中に生きているのは自分独り?
    夢だけど、同じようなワンシーンが「バニラ・スカイ」にもありました。
    繁華な大都市での、唐突な孤独と静寂。
    居ながらにしてのトリップ感が強烈です。


    というわけで、予告で見た冒頭に釣られて借りたわけですが、評判からある程度予想してはいたものの、完全に失敗でした。

    それと、これは予想だにしなかったのですが、冒頭、なんと主人公が無修正ヌードで登場したので、「うそ。まさかだろ」と呆然となって、肝心のトリップシーンをよく味わえなかったのが悔やまれます(こういうのは、初見で「アッ」と思うところがいいので、二度見てもつまらんし)。
    まあ裸のほうは別に、眼福というようなシロモノでもなかったのでアレですが、普通少しはぼかすよな。イヤ、暈かしといてくださいよ。
    まさか、これがDVDの特典映像とかじゃないよね(笑)。
    というか、どうせならもっと値打ちのある無修正が見たかった(たとえばあの人とかこの人とか)……とかなんとか考えているうちに、ゾンビが出てきてしまいました。

    ウイルスに感染すると、理性を失って凶暴化するという設定です。
    そうです。「バイオハザード・アウトドア編」です。
    「無人の都市」でスタートした割にゾンビの密度は高く、次々に襲いかかってきますが、主人公は弱っちいくせになかなか死にません。
    猛烈に暗い終末世界を背景に、ゲームもどきの戦闘シーンが展開。
    これって、なんかデジャブ…。
    そうだ、「サラマンダー」だ。あれはサラマンダーがけっこう格好よかったので、ストーリーがマックラでもどうにか最後まで飽きませんでしたが、ゾンビは私の趣味ではありません。
    凶暴化しているとはいえ、人間同士の殺し合いも、抵抗がありますし。

    ラストは二通り収録してありました。
    よかった。これがDVD特典でした。最初見たほうがDVD用のわりとハッピーなエンディング。
    劇場公開版は暗いオチだったのですね。でも、ストーリーの完成度から言えば、(まあ全体に好きな映画ではないので八割がたどうでもいい気分ですが)どっちかといえば、劇場版のほうが良かったのではないかと思います。
    あれだと、全編が主人公の臨死体験だったという含みにもとれますから、少しは工夫がありますね。


    見た映画(DVD)TB:0CM:0
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