常世国往還記

本と映画のノート



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かもめ

Author:かもめ
読書と映画の鑑賞記録。
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2008/09/08(月) 17:02:11

異国にて

2007/06/12(火) 19:28:34

カフカの友と20の物語
アイザック・B. シンガー 村川 武彦 訳
彩流社 (2006/06)

ユダヤの民族文学作家による短編集。
シンガーは1978年度ノーベル文学賞受賞、日本では児童文学の分野で知られる作家で、何冊か翻訳も出ています。
なんと、80年代の映画「愛のイエントル」(バーブラ・ストライザンド主演)の原作者でもあるのですね。旧弊なしきたりに逆らい、男装してまで学問を志す、勇ましい女性の自立を描いた作品で、けっこうヒットしていたのを思い出しました。

戦前から戦後にかけて、移りゆく世界にあるいは逆らい、あるいは流されるユダヤ社会を舞台に、市井の人々の日常の哀歓をつづった作品群ですが、宗教で結びついている彼らの精神世界を反映してか、神話のような、おとぎ話のような、素朴な幻想の香りが漂います。
味わいは異なりますが、ルーマニアの作家エリアーデなどにも、近い雰囲気が感じられ、東欧の精神風土に思いをはせたことでした。

非常に残念なのは、かなりの部分、文章が日本語になっていないこと。
英訳本(原文はイディッシュ語)からの二重翻訳であるためなのかもしれませんが、それにしてもテニヲハの間違いまで散見するのは、素人目にもちょっとひどい。
せっかく良い作品集なのに、もったいないです。どうせなら違う訳で読みたかった。


カフカの友: カフカの親友だったと称する落魄した男の、現実とも妄想ともつかないとりとめのない話。閉塞状況と奇妙な楽観がないまぜになった不可思議な感覚です。

ある冬の夜の客: つましい家庭に突然のりこんできて、居座ってしまった家なしの伯母さん。招かれざる客の、社会慣習とも道徳とも離れて、自由に与え与えられる屈託の無い生き方に、宗教的な理想世界が浮かび上がります。

: 社会に背を向け、自分ひとりの世界に閉じこもるかたくなな老女の絶望。前作の伯母さんとは対極の生きかたを描きます。世の中は、自分自身の心の反映であるということでしょうか。

ベーベル博士: 生まれながらのボヘミアン、伊達男の独身者ベーベル博士に突然訪れた「幸福な人生」のてんまつを描く笑話。幸せも所により人によるというお話。

ストーブを囲んで聞いた話: ユダヤ社会の伝統を垣間見る、民俗色豊かな作。ユダヤ教の学び舎に集う人々が、冬の夜長、こもごもに語る奇談。シンガーという作家のルーツを物語るような作品です。

カフェテリア: ブロードウェイの片隅にある、同胞たちが集うカフェテリアを舞台に、作者の分身とおぼしき成功したユダヤ人作家と、薄幸の女性との、途切れ途切れの淡い交情。中編映画になりそうな、美しく哀切な一篇ですが、残念ながら日本語が崩壊しています。

教師: アメリカで成功した「わたし」は、建国間もないイスラエルを訪れた折に、故郷で教え子だった女性と再会する。彼女の破綻した結婚生活を通して、現代のユダヤ人社会がはらむ矛盾を描いたもの。

: ドバトがほんとうに大人しくて無害かどうかはさておき、ユダヤ人迫害の暗雲が垂れ込めるポーランドで、鳩たちと静かに暮らすやもめの教授を襲う災難。ホロコースト前夜の不吉な物語。

煙突掃除夫: 働き者の煙突掃除人ヤシュが、ある日突然千里眼になっちゃった! 実直な庶民社会のヒーローをめぐる愉快な寓話。

: 宗教上の規律にのみ生きがいを求める男の運命。ユダヤ教の正統派のあまりにも煩雑な慣習を皮肉っています。

アルテレ: 祖母に育てられ、古い風習に従って生きる女性アルテレがたどる奇妙な人生。ジプシーと呼ばれる人々のバックグラウンドを見るようです。

冗談: ニューヨークに住む雑誌発行人が、ふとしたことから、ベルリン在住の真面目なヘブライ語学者にいたずらを仕掛ける話。お堅い学者のロマンチストぶりを笑うという趣向が、意外な方向に進んで…。

めかし屋: 常軌を逸した見栄っ張りで人生を棒に振る女の話。しかし、ここまでやれば立派という気もする、というオチです。

シュロイメレ: 渡米したものの、未だ売れない作家の「私」に「イエントル」舞台化の話を持ちかけてきた演出家のシュロイメレ。暗い世相を背景に、成功を夢見る二人の同病相哀れむ友情を描く脱力小説。

植民地: アルゼンチンのユダヤ人入植地(なんてあるんだ!)を訪れた「わたし」。古い家業も習慣も捨て、現地に同化して、現代社会のどこにでもある悩みをかかえる若い層と、どこへ行ってもユダヤ人でありつづける古い人々との対比を描きます。

涜神者: 信心深いユダヤ人庶民家庭に生まれた現代的な知性の悲劇。筋金入りの反抗期。

賭け: くだらない賭けで人生を狂わせた男。これも放浪者の物語です。

息子: 別れた妻が連れて行った息子との、二十年ぶりの再会に緊張する「わたし」。長い年月ののち、再び生きてめぐりあう運命の不思議と、ことばやかたちにならない父子の絆。

宿命: これはどこかで読んだことがあるような気がするのですが。情の濃い女性の報われない愛の悲劇、と見せて、実は普遍的にありそうな怖い話です。

神秘的な力: 神秘的な感応力を授かったために、過去にまつわりつかれる男の無間地獄。

そこに何かがいる: 神なき時代にラビとして生きねばならない男の、魂の彷徨。彼が最期に見たものは。宗教が成立しにくい現代における、受難と救済を考えます。

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孤独な幽霊

2007/06/09(土) 19:21:02

悪魔のひじの家(book)
ジョン・ディクスン カー 白須 清美 訳
新樹社 1998年


淋しい海辺に建つふるい邸宅、緑樹館を舞台とした殺人ミステリ。

初版は1964年。カー晩年の作品です。なつかしのフェル博士とその相棒が登場、というところが主な目玉です。
変わり者の主人、娘ほども年の離れた美人妻、アメリカ育ちの甥、性格悪い小姑、わけありの秘書、有能な弁護士、だらしない医者、といった面々に、遺産相続ネタをからめ、カー好みのオカルト味をまぶした、とってもスタンダードな密室もの。
まあ、カーの水準作といっていいのではないでしょうか。

からくりは当たったけど、犯人を読み違えた! 
う〜ん、現代小説なら、こうじゃないと思うなあ…。絶対ちがうでしょ…。

訳者は若い人でしょうか。ところどころ表現が気になります。
特に、エステル叔母さんの言葉遣い。いくら性格がくそばばあでも、一応旧家のお嬢様育ちなのだから、もう少し気取ってるほうがそれらしかったのでは。これじゃ下町のおばちゃんだわ。

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近世の医療

2007/06/05(火) 16:01:09

疫病(ハヤリヤマイ)と狐憑き
   ―近世庶民の医療事情

昼田源四郎 みすず書房 1985年

はしかの流行が騒がれている今日このごろ。私が子供の頃は、小学校・幼稚園でのはしか騒ぎは日常茶飯事でしたので、大した病気とも思っていませんでしたが、この本で「疱瘡は器量さだめ、麻疹は命さだめ」という近世のことわざを、久々に思い出しました。昔は大人でも死んじゃう病気だったんですね。
今、はしかで怖いのは、予防接種前の乳幼児、それから稀に大人もかかる脳炎といったところ。深刻な難病です。死に直結することが少なくなったとはいえ、やはりなめてはいけないようです。


奥州守山領(現福島県郡山市)の、江戸中〜末期の公務記録「御用留帳」中、医療に関する記載を拾い出して丹念に分析した著作。
精神科の医師でもある著者によって、専門的な解説も加えながら、明治以前の地方社会における医療事情が活写されます。

東北の寒村のこととて、飢饉・流行病、また貧困に伴う間引きの悲惨や、おまじない程度の貧しい医療技術などは、おおかた予想通りですが、その一方で、医療従事者の数が、今日の基準に照らしても十二分であることや、精神病者への人道的な配慮など、「実はそうだったのか!」と驚くような意外な事実の数々。何事も思い込みはいけません。

殊に詳しいのは、著者の専門である精神医療の分野ですが、その中でも、心神喪失状態での犯行については、殺人を含め、本人の責任を問わなかったことなど、西欧医学の普及以前に、早くも近代的な精神病観が発生していたことは、特筆に値するかと思います。
被害者への同情のあまり、感情的に結果責任を問い、報復刑の発想へ傾きがちな現在、あらためて見直すべき歴史的経緯ではないでしょうか。

衛生指導や、他出中の病人の取り扱い、牢内の医療、少子化ならぬ間引き対策等、封建制のもと、「生産力維持のために農業従事者数を確保する」という、為政者のご都合主義的な側面があるとはいえ、領民保護の立場から、少なくとも形の上では、近代的な人権擁護に近い施策が行なわれつつあったことがわかります。
明治期における爆発的な西欧思想の普及は、維新以前の基盤あってのものだったのですね。

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仕掛け読本

2007/05/24(木) 17:10:53



読み方の難しい本です。

地下鉄サリン事件実行犯の豊田亨被告と、学生時代にそこそこ親しい関係だった著者が、豊田の側からオウム事件を見直し、この種の事件再発防止のために警鐘を鳴らす。
とまあ、そういうことになっているようですが、中で話が広がったり縮んだりして、結局いちばん言いたいことは何なのかが、よくわからない。別に言いたいことを一つにまとめなくたっていいのだけれども、あまりにも整合性に欠けていて、何がなんだか。

開高健ノンフィクション賞受賞作だそうですが、「ノンフィクション」でないことだけは確かです。
オウムに関する目新しい情報は、著者が立場上知りえた豊田被告の私的な側面のみ。特段のフィールドワークもなく、個人的な随想の域を出ません。
たとえば「アンダーグラウンド」などとは、加害者側から/被害者側から、という視点の違いのみならず、方法においても、全く逆のアプローチをとっています。
著者は村上春樹に対して批判的なようですが、そもそも違う次元に立っているのだから、かみ合わないのは当たり前です。


難解ではないが、とっても読みづらい。いらんもんがごちゃごちゃ混ざっていて鬱陶しい。うざいし変だ。
しかし不快さの底になんかあるような気もする。何だろうねこれは、とつぶやいたら、二号が言うには

「あー、これ書いたの、情報科の人だろ。狙ってやってんだよ。ヒッカケでしょ。情報科って、こういうウサン臭い話が多いんだよね〜」

ああ、さよか。なるほど。
「相棒」と称する意味不明なツンデレ女子大生キャラも、過剰な悲憤慷慨調も、つまりこういう↓ことだったのかな。

「情動は思考より先に立つ」
だからお涙頂戴で釣りました。
「政府やマスメディアによるマインドコントロールって怖いよね」
ほらあなたにも根拠の不確かな被害者意識が! 
「團藤先生、立派な方です。生きた昭和史。三島を教えたこともあるって凄くない?」
すばらしい権威、思わずついていきたくなっちゃう。グル様、お導きください!(いえ、もちろん團藤先生が人格者でないと言いたいわけではありません。ただ、ご本人を直接存じ上げているわけでもなければ、著書の一冊も読んでいないのに、本書に書かれていることだけでそんな気分になるのはどうかということ。)
「この本、賞をとるくらいだから、すばらしいことが書いてあるに違いない」
でも実は、企画段階から、賞取る前提の出来レースだった。だから内容が「ノンフィクション」じゃなくっても無問題。(選者評を読みましたが、崔監督だけ空気が読めなかったのか、それともわざと反対役を引き受けたのか。何にしろ、本書の最終章にはいろいろと驚かされました。)
「このタイトル、よくわからないけど、なんとなくオシャレ。友情って大切だよね。海の表紙もきれい!」
ほら雰囲気にだまされた。パッケージは中身とほとんど関係ないでしょ。(サイレントって、誰が。豊田だって林だって、既にそれなりに語っています。それに、自ら語る内容が、必ず真実とも限らない。語ることによって何か解決するという保証もない。ちなみに、オウム事件に関して文字通りサイレントなのは、松本被告だけ。でも、松本はサイレント・ネイビーなんかじゃないし、著者も、松本に何か告白しろと言ってるわけじゃない。)

エトセトラエトセトラ。




結局、ボクもワタシも、オウムに取り込まれた豊田と同じでしょ。感覚や、イメージや、よさげな言葉や、既成概念や、先入観やらに、つい踊らされてしまうよね。そして、本当はよくわかっていないのに、わかったような気になってしまう。
もっと自分自身で、対象をよく見てよく考えましょう。うわべだけで、鵜呑みにするのはやめましょう。
何より、無反省のまま、脊髄反射的に行動するのはよくない。危険です。

――というテーマを学習するための、実習教材だったのですね、これは。


とても勉強になりました。謎のタイトルに惹かれて読んだ時点で、私も釣られて負けでした(笑)。
伊東先生、たいへんありがとうございました。

死刑制度をどのように考えるか、大学院制度を改革すべきか、など、個々の問題は、もっと広い視野の元で考えるべきでしょう。
また、組織犯罪の心理に関しては、ナチスの絶滅収容所をテーマにした「人間の暗闇」(これは本当に本当のノンフィクション)などと比較してみるのも面白いと思います。


ところで、オウムの一件以来なのかどうか、今の大学は、カルト宗教を過剰なくらい警戒していて、二号も入学以来、再三にわたって注意書きのプリントをもらいました。
「なんかさー、こういうのって逆効果じゃない? かえってチャレンジしてみたくなるというか」
こらこらこらこら。
そういう半端な好奇心が一番危ないんだよ。君子危うきに近寄らず。君子じゃないけど…とりあえず、そばに行くな、さわるな危険!

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死の夢をさまよう

2007/05/21(月) 18:38:10

血のささやき、水のつぶやき(book)
パトリック・マグラア 宮脇孝雄 訳
河出書房新社 1989.11

一時代前の小説のような、美文調をまじえた古風な趣の奇談集。
怪奇も謎も、すべて現実と夢(もしくは妄想)のあわいに漂い、確かなものは何も残らず、読む者を中空に置き去りにします。


天使: 売れない作家の「私」は、裏町で、いわくありげなゲイの老人と知り合う。彼は、若き日に出会った「天使」について語りだすのだったが…。
天人五衰の悲劇。ガルシア=マルケスの天使もひどい扱いでしたが、これはまた更に。く、臭い。

失われた探険家: 孤独な少女の秘密の友人。先の「天使」の流れで、主人公イヴリンの童心の喪失ととるか、あるいは彼女自身が探検家になりかわったと見るか、最後の読み方は分かれるところでしょう。

黒い手の呪い: 「インドへの道」のヒロインの脳内。異文化間に立つストレス、といっても、IT大国インドで、今どきこんなことを言っても始まらないけれど。

酔いどれの夢: 創作に悩むアル中画家の堕落。設定は古臭いですが、この作品集中最も現代的な短編。場末の風景が、悪と罪の心象へと転化していく過程を、まったりと綴っています。

アンブローズ・サイム: ある男の末路を、デッサンのように詳細な客観描写で。滑稽とグロテスクのないまぜになった、ブラックユーモア。

アーノルド・クロンベックの話: 若い女性記者による、連続殺人犯の死刑直前インタビュー。いや、まあこれは普通にやばいだろと思ってたら、案の定…。「ライフ オブ デビッド・ゲイル」のさかさまみたいな話。

血の病: 探検調査中にマラリアにかかり、九死に一生を得た人類学者が、めでたく帰国したんだけれども……おいおいおいおい、どこへいくんでしょうか、この話。まごまごしているうちに、畑の向こうに消えてった。

串の一突き: 自殺した孤独な叔父をめぐる謎。精神分析ネタをビシバシとコラージュしています。語り手の怒りもごもっとも。主治医がボンクラだと思う。分析そのものは当たってるのに、なんで気がつかないかなー。
精神分析の露悪趣味を皮肉った一編。

マーミリオン: 朽ち果てた屋敷にまつわる悲劇の伝説。「黒猫」やら「アッシャー家」やら、ポオのモチーフがいっぱいです。ゴシック・ホラーかと思いきや……。人間やめますか?

オナニストの手: クラブ「バビロニア」で巻き起こった罰当たりな騒動。この手が悪い。この手が憎い。聖書をネタにした2ちゃんねる的悪洒落。

長靴の物語: 核の時代の童話。閉塞した地下の箱舟における小家族の崩壊物語。

<蠱惑の聖餐=凄惨>: 「長靴の物語」の姉妹編です。人類の滅亡によって生まれる新世界。原題は腐敗とエロチシズムをひっかけた洒落で、神様はおりませんが。それはそうと、アリアドネは蜘蛛じゃなかったっけ?

血と水: 旧家を見舞う悲劇。正常と異常、正気と狂気、幻覚と現実が、合わせ鏡の像のように映し映される、混沌と理性の敗北。
ここに出てくるブロードムーアは、作者の父が医師として勤めていた精神病院とのこと。主人公の描写がやけにリアルですが、父上の患者さんがモデルでしょうか。

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敗軍の将の不在

2007/05/18(金) 22:17:59

検証 戦争責任〈1〉
読売新聞戦争責任検証委員会
中央公論新社 (2006/07)

二巻本の体裁ですが、続き物ではありません。
大東亜戦争全体にわたる、タイトルに沿った内容は(1)で、(2)はもっぱら個々の事実について、「敗戦責任」を批判したもの。おそらく(1)(2)それぞれ、別の時期に新聞紙面で連載した特集記事をまとめたのでしょうが、重複する部分も多く、やや冗長に感じられます。全部ひっくるめて編集しなおしてもらいたかったところです。

全体に、これまで刊行された種々のテキストのおおまかな総ざらえで、研究書といえるほどの深さはなく、物足りない反面、万人向けで取っ付きやすいのがいいところかもしれません。
特に(1)は、文体も中身も歴史教科書に毛の生えたレベル。「検証」を期待して手に取るとがっかりするかもしれませんが、さらっと全体を俯瞰するにはまずまずでした。

一読して思うのは、「責任」とは、検証したり研究したりするものではなく、誰かが取ったり取らされたりするものだろうということ。「検証」すれば、「責任」はどんどん拡散し、その所在は不明になってゆくばかりです。
誰かが取るのでなければ、「責任」は存在しないも同然です。
ドイツやイタリアでは、ヒトラーなりムッソリーニなり、事の中心にあった人物が死んでくれて、「責任」の問題が単純化されました。彼らを「責任」の中心に据え、あとはそこからの距離で軽重を計ればよかったからです。
彼らが戦後も生きていたら、(もちろん死刑にはなったでしょうが)いろんな条件が勘案されて、責任問題はもっと紛糾したのではないかと思います。彼らがどこまで独裁的であったのか、現在考えられているほど、すべての面において独断的に裁定していたのか、今となっては誰にもわかりません。

結局、戦争裁判はあったものの、日本では最終的に誰に責任があるのか分かりませんでした。事実がどうであったにせよ、また、自身がどう考えていたにせよ、天皇も一切責任を取ってこなかった。
そのために、部分的な責任ばかりが焦点となり、国民を含めた当事者全員にとって、戦争の発生も推移も、何か他人事のようです。そんなことから、靖国の合祀があいまいな基準のまま行なわれてしまったのではないかと思います。
個々の事象を掘り下げていけば、(1)巻末のシンポジウムにおける櫻井女史の発言に見るように、「日本だけが悪いんじゃないもん!」という話になるに決まっていて、それは史的研究においては正しい態度であっても、現在まで尾を引いている「戦争責任」問題を考えるにあたっては、全く意味をなしません。
同様に、個々の事実を洗い出して、個別の「責任者」を認定しようという本書の意図も、それほど意義のあることとは思えないのです。
スーパーバイザー気取りで、政府や軍関係者を弾劾したり、戦争の名称変更を提案したりする暇があったら、メディア自身の「戦争責任」を、自ら詳細に分析するほうが、よほど将来のためになったでしょう。

それにしても、これほど痛い目にあっていながら、日本というのは、懲りない国です。
アメリカの傘下という特殊条件を忘れて、飛躍的な経済発展を自力だけでなしとげたように思い込み、一部の私企業の成功を、国全体の快挙と見なし、借金まみれで食糧すら自給できないくせに、先進諸国と肩をならべたと勘違いしてる現在。
局地戦で一つふたつ勝ったくらいで舞い上がって、欧米に対抗できると考えた開戦当時と、精神的には大して変わっていないような気もします。
中国やインドが伸びてくるのは当然。彼らはもともと「持てる国」なのだから。あらゆる面で抜かれるのは時間の問題でしょう。辺境の小国・日本は、彼らと同じ土俵で対抗し、優位に立とうなどと無駄なことを考えず、たとえばシンガポールや、世界の金庫番スイスや、北欧諸国のように、堅実な独自の道を選ぶ冷静さを持つべきなのでは。
とはいっても、アキバ立国はちょっと願い下げだけど…。でも、それしかなければ仕方ないのかなあ。

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人類の捕食者

2007/05/15(火) 18:32:15

ホット・ゾーン―恐怖!致死性ウイルスを追え!ホット・ゾーン(book)
リチャード プレストン 高見 浩 訳

小学館 1999-03

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アフリカの一部地域で爆発的に流行したエボラ出血熱。その原因となるウイルスをめぐる、ウイルスハンターたちの活躍を追うドキュメント。
細菌学者というと、研究室内で顕微鏡をのぞいているイメージですが、本書に出てくる専門家たちは、ものすごくワイルドな仕事をしています。体力無いとやってられませんね。
それにしても怖いです。なまなかのホラーなどでは追いつきません。キングの「ドリームキャッチャー」は、この病気からの発想だな。映画のほうもそんな感じ。あのストーリーそのものが、エボラの暗喩とも考えられます。キングの賛辞って、テキトーなのが多いですが、この本の宣伝に書いたのは、けっこう本気だったんじゃないかという気がする。

とにかく、ヘタな場所に旅行するのが怖くなります。手をよく洗って、うがいして…そんなんじゃダメなんだよう。
とりあえず、はしかにも気をつけよう。


ちなみに、私がエボラを初めて知ったのは、この本です。

アウトブレイク―感染
ロビン・クック 林 克己 訳 早川書房 1988-03
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これまた怖い怖い医学ホラー。
もし、エボラによるバイオハザードがアメリカ国内で起こってしまったら…。「最悪の事態」を想定したフィクションです。
映画にもなりました。

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咳をしてもひとり

2007/05/13(日) 18:08:08

ナイトホークス〈上〉
マイクル・コナリー 古沢 嘉通 訳
扶桑社 (1992/10)

ロス市警殺人課の花形刑事ボッシュは、捜査中に誤って犯人を射殺してしまったことから、降格処分になり、ハリウッド署に飛ばされてしまった。忙しい市警とは対照的に、今度の職場は万事いいかげんでのんびりムード。相棒は副職の不動産業が忙しく、死体発見の呼び出しさえ迷惑げで、憮然とするボッシュ。
しかし、現場で土管の中の遺体を見たとたん、彼に緊張が戻った。死んでいたのはベトナム時代の戦友メドーズ、死因は麻薬の過剰摂取。ボッシュは一年前、この男から麻薬をやめる件で相談を受け、手を貸してやっていた。プログラムはうまく行き、無事社会復帰を果たしたはずだったのに、結局悪癖が抜けなかったのだろうか。
だが、ボッシュの鋭い目は、遺体の注射痕や、現場の状況に、いくつか納得のいかない点を発見する。これは殺人ではないのか。
穏便にすませたがる同僚たちを尻目に、ボッシュは単身捜査を始めるのだったが、メドーズの私生活をたどるうち、半年ほど前に起きた銀行強盗事件との接点に突き当たる。


ボッシュの衝撃の過去が明らかに!って、これがシリーズ第一作で、私が逆から読んだだけなのでした。
ロス市警時代にボッシュが活躍した事件が、まるで既に刊行されている話みたいに随所に出てきます。手柄はたくさん立てたものの、独断専行の多い彼は、組織内では嫌われ者で、左遷後も本庁内務監査課のスパイが、彼の首を切るネタはないかと身辺を嗅ぎまわっています。かつてマスコミの寵児だった彼を妬む同僚も多く、「堕ちた英雄」は上からも下からも厳しい視線にさらされている…というのは、日本でもありがちな話ですね。
おそろしく働きにくい状況下、ボッシュがあっちやこっちに遣いたくもない気を遣いながら、どうにかこうにか、一歩一歩調べを進める。そこへFBIがからんで、さらに混乱するという展開です。

「赤毛連盟」みたいなトンネル銀行強盗の話に、ベトナム時代の恐怖の記憶や、FBIの女性捜査官エレノアとの、ハードボイルドにあるまじき艶っぽいエピソードもはさんで、濃密なストーリー。
戦争中、トンネル工兵として抜群の技術を誇った復員兵メドーズの転落物語かと思いきや、事件は意外な方向へ向かい、ラストでふたたび大きくハンドルを切ります。

ジャーナリストとして活躍する著者のフィクション第一作。エンタテインメントを意識したのか、内務監査のルイス&クラークなど、マンガみたいなありえない設定も散見しますが、トンネルの描写や、ベトナムからつながるさまざまな社会問題を、それとなく裏にひそませていて、見た目以上にボリュームがあります。
戦争でも、戦争が終わってからも、むくわれない一兵卒に忍び寄る黒い誘惑。彼らに共感しながら、それでも断罪せざるを得ないボッシュ。灯の消えた暗いトンネルに佇むボッシュの姿が目に浮かぶようです。

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陪審員制シミュレーション

2007/05/11(金) 23:13:06

検察審査会の午後
佐野 洋
新潮社 (1996/09)

検察審査制度なんてあったんですね。初めて知りました。
検察が不起訴処分にした事件について、原告から申し立てがあった場合に、11名の一般市民からなる「検察審査会」が合議制でその妥当性を審査するという仕組みらしいです。近々実施されることが決まった陪審員制に似ていますね。
本書は、作者が実際に審査員を経験した人たちから聞き知ったエピソードを、小説仕立てに再構成したもの。陪審員制度実施の前に、実際の会議のようすはどんなものだろうかと思って読んでみましたが……。

う〜ん、探偵気取りであちこち嗅ぎまわったり、聞き込みに近いことまでやるのは、権限を逸脱しているんじゃないでしょうか。一部の審査員で事前打ち合わせや根回しみたいなことをやるのって、審査会の趣旨に反してはいないんでしょうか。
十二人の怒れる男」みたいに、会議室の中で完結するものではないようですね。
申立人の立場に立ってみると、こんなの嫌だろうなあと思ってしまいました。スケベな変態オヤジまでいたりして!ほんと嫌だわ!(イエイエ、このお話はフィクションです。)

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夜回り弁護士

2007/05/10(木) 18:50:16

路上の弁護士〈上〉路上の弁護士〈上〉〈下〉(book)
ジョン グリシャム 白石 朗 訳

新潮社 2001-08
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ワシントンDCきっての大手弁護士事務所“ドレイク&スウィーニー法律事務所”に、銃を持ったホームレス風の男が押し入り、居合わせた弁護士9人を人質に、会議室にたてこもった。男は、要求をはっきりさせないまま、まもなく駆けつけた警官に射殺されるが、人質の一人で、一部始終を間近で見たマイクルは、事件のショックから、仕事が手に付かなくなってしまう。
男は何がやりたくて、こんな騒動を引き起こしたのか。犯人ハーディーについて調べる過程で、マイクルはホームレスの人権擁護を専門にする弁護士、モーディカイと出会う。彼に伴われ、救貧施設を訪れたマイクルは、究極の貧困生活に耐える人々の実態に衝撃を受けつつも、彼らを守ろうとするモーディカイの無欲な人柄と、その生き方に強く打たれる。
一方、ハーディーの犯行動機を調べるうち、彼は、ドレイク&スウィーニーが再開発事業に関連して、ある廃ビルからハーディーらホームレスを強制退去させていたことを知る。行き場の無い人々を、真冬の寒空の下に追い出すだけでも非人道的だが、しかもその退去処分自体が、どうやら違法だったようなのだ。
処分を決定した同僚弁護士の不正を発見したマイケルは、人生の方向転換を決意する。無力な人々の盾として、金にはならなくとも、天に恥じない、人間として実りのある生き方をしよう。その手始めに、彼は立ち退き処分の違法性を暴こうと考えるが…。


グリシャムお得意の「青春の冒険」ものです。さすがにちょっとワンパターンですが、後味が良いので、読んでいて安心。
日本の格差などよりはるかに根深く深刻な、米国のホームレス問題を紹介したのが手柄です。ホームレスの実態や、ボランティア団体の活動の描写に熱が入るあまり、お話のほうは駆け足ですが、それはまあご愛嬌でしょう。

「逆差別」的な問題を取り上げた、「エンジェルズ・フライト」とは逆の、ストレートな問題提起。経済格差が問題の大半を占める日本と違って、あちらでは、人種差別が底流となっており、経済支援だけではなかなか解決の難しい問題です。出てくるホームレスはみな黒人、支援者の大半も黒人。対するドレイク&スウィーニー側の弁護士は、全員白人。「エンジェルズ・フライト」にあるように、現実はこれほど単純ではないでしょうが、まあ、大雑把に色分けが出来ることは間違いないと思われます。

アメリカンドリームなどというきれい事では割り切れない米国社会。しかし、公益法というものの存在が、わずかに救いではあります。

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