常世国往還記

本と映画のノート



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かもめ

Author:かもめ
読書と映画の鑑賞記録。
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2008/07/20(日) 10:01:48

キャスティング・ボード

2007/09/20(木) 00:06:00

ニューオーリンズ・トライアル/陪審評決 プレミアム・エディション
ニューオーリンズ・トライアル/陪審評決(cinema)
監督 ゲイリー・フレダージョン・キューザック、
ジーン・ハックマン、ダスティン・ホフマン、
レイチェル・ワイズ
2003年 アメリカ
posted with amazlet on 07.07.17

無差別銃撃事件で夫を亡くした若い女性が、銃の製造会社を相手取って訴訟を起こした。弁護に立つのは、銃規制問題のベテラン、ローアー弁護士。これに対抗して、被告の製造会社側は、負け知らずの敏腕弁護士フィッチのチームに依頼した。
フィッチは、豊富な資金をバックに、ためらうことなく陪審員の買収にとりかかる。実は、彼の事務所は、ソフトな買収から、盗聴・盗撮なんでもアリの汚い脅迫まで、ありとあらゆる手段を駆使して陪審員を抱き込むことで、確実な勝訴をものにしてきたのだ。ところが、今回に限って、想定外の人物が陪審員長に指名されたり、得票源と目する陪審員が突然退廷させられたり、票が思うようにまとまらない。もしや誰かが妨害しているのか? 
苛立つ彼のもとに、マーリーと名乗る謎の女から「金を払えば、陪審員票をまとめてやる」との電話が。どうやらフィッチのライバルは、陪審員の中にまぎれこんで、彼の工作を撹乱しているらしいのだ。フィッチはプロ?としての面目を賭けて、小癪な妨害者の正体を突き止め、相手をギュウという目にあわせてやろうと決意するのだったが。


白黒はっきりした勧善懲悪系の法廷物かと思いきや、裁判そっちのけで展開する買収騒動のお話なのでした。
銃所持禁止の日本に住む私たちにとっては、これだけ銃を用いた犯罪や事件が多発しているにもかかわらず、何故アメリカでは規制ができないのか、理解に苦しむところなので、こういう話を見ると、ああ、そういう裏事情があるのかもなあと思ってしまいますね。

ジーン・ハックマンの悪役が名演。ひさびさにこの人のいい芝居を見ました。役柄のインパクトのせいでもあるのですが、ダスティン・ホフマンをしのぐ迫力です。「正義なんか知らねえよ」と言い切っちゃうところ、少し薄っぺらいけど、いっそすがすがしい。弁護士の仕事に善も悪もない、というのは、確かに一面真実でもあるわけですから。
主演のジョン・キューザックもクサい役者。いいやつなんだか悪い奴なんだか。平凡で人の良さそうな見かけの下で、本音は何を考えているのやら…という、フィッチとは対照的に表裏のある難しいニック役を、器用に演じています。雰囲気も演技力も、ケビン・スペイシーの後継という感じです。
レイチェル・ワイズのマーリーも、ただの生意気な可愛い子ちゃんではありません。好きなタイプの女優ではないけど、さばさばしたシャープな演技が小気味良かった。

単なる金目当てではなさそうな、しかし、なかなか見えないニック&マーリーの真の動機。また、恋人同士にしてはあっさりしすぎ、でもただの友人・知人とも思えない二人の関係。裁判の進行と平行して、彼らの内部にある謎がふくらみ、やがて、ゲームの行方に大きくかかわってゆきます。

脇を固める判事や陪審員の面々も、とても丁寧な演技。それぞれのドラマが意外に効いています。キャスティングと役者の力量で見せる、手堅い作品でした。

ところで、しかしというか、やはりというか、ただのお話とはいえ、陪審員制って、いろんなことがありそうな気がします。判事に任せておけば、不正が起こらないというものでもないのでしょうが、う〜ん…。ほんとうに大丈夫なのかなあ。

見た映画(DVD)TB:1CM:6

魂の放浪

2007/06/14(木) 23:01:17

耳に残るは君の歌声
耳に残るは君の歌声(cinema)
監督 サリー・ポッター
クリスティーナ・リッチ、ジョニー・デップ、
ケイト・ブランシェット、ジョン・タトゥーロ
2000年 イギリス/フランス
posted with amazlet on 07.06.13

ナチスのポーランド侵攻前夜、東欧のユダヤ人集落に生まれ、迫害の中で父親と生き別れた少女フィゲレが、イギリスからフランスへと、西欧文化の中を流れ歩きながら、失われた父と心の故郷を捜し求める物語。

歌の上手な父親と、その血を引いた美声の娘。彼女の運命の転機には、必ず歌がからみ、音楽映画のような味わいです。
とりわけ印象的なのは、彼女が、イタリア人歌手の歌う「真珠取り」で一気に過去へ引き戻される場面。スージーと改名し、イギリス家庭で育ち、イギリス女性としてパリに渡り、西欧文化にどっぷりつかって、ユダヤ人だった昔がすっかり遠いものになっていたそのとき、父そっくりの美しいテノールを耳にして、思わず身を乗り出します。
そこへ偶然居合わせたロマの青年が、彼女のただならぬ様子に関心を寄せ…というところから、この二人の「血が血を呼ぶ」ような恋物語が、後半の中心となってゆきます。

居留地を渡り歩くロマの人々のように、フィゲレ=スージーも、村からイギリスへ、イギリスからフランスへ、フランスからさらに大陸へと生活の場を移していきます。
彼女を動かすのは、彼女の意思と同時に、父の祈りであり、祖母の思いであり、彼女を救った教師やオペラの座長、そしてもちろん、恋人の願い。彼らが彼女の求める「故郷」の象徴となる一方で、彼女自身が彼らにとっての、かけがえのない「無垢な希望」でもある。
一見、「母を尋ねて三千里」の同工異曲のようなこの作品は、彼らの側から見れば、故郷喪失者たちの受難と、「希望」を自由の天地に解き放つことによる救済を描いたものともいえるでしょう。


テーマソングの「暗い日曜日」は時代背景、「真珠取り」は、ストーリーの共通性(自らを犠牲にして好きな女を逃がす話)から選ばれたのだと思います。どちらも非常にポピュラーな名曲で、悪くはないのですが、「日曜日」は大戦中の話に使われすぎって気もするし、「真珠取り」はあまりにもメロドラマチック。まあ、どっちみちメロドラマだからいいのか…。
せっかく音楽好きのロマの人たちの話なのだから、もうちょっとそれらしい歌があればなあ。


ロシアからの亡命者で、堅実なスージーとは対照的に、享楽的で生に貪欲な友人を演じるケイト・ブランシェットが、別人かと思うほどのお色気と華やかさで、とても上手。彼女がいちばん現実的で痛々しい役どころです。
彼女の相手役となるイタリア人歌手も、時代の芸術家の典型。観客にはこの先が見えているだけに、単なる悪役とは思えない。
ジャン・レノから脂を抜いたような感じのお父さん、いいな〜と思って見てたら、この俳優(オレグ・ヤンコフスキー)は、タルコフスキーの「ノスタルジア」の人でしたか。見違えました。

そして、ジョニー・デップは今更言うまでもありませんが…そもそもこの映画、シネフィルのジョニー・デップ特集でやってたのを見たのでした。その前にくっついてたインタビュー番組も面白かったです。
むこうの俳優の話を聞いてて凄いなと思うのは、みんな大学だとか映画スクールだとかで、演劇理論を一通り勉強しているんですよね。それに比べると、日本は個人の才能任せか、監督-俳優の徒弟制度みたいな勉強がほとんど。
ぽっと出のアイドル俳優で固めてる時点で、作品の厚み自体が違うのも無理ないかと思っちゃったのが、次に見た「デス・ノート」でありました。

見た映画(DVD)TB:0CM:0

入隊一ヶ月

2007/06/13(水) 22:51:23



おお、奇跡的にひと月続いております。
残念なことに、成果は微妙なんですが…。
体重はマイナス1kg、そのほかの数字は小刻みに上がったり下がったりで、結局あんまり減ってないかんじ。
調べてみると、もともとピッタリ標準体重(理想体重?)、体脂肪も内臓脂肪も正常値、ということで、大して減る余地がないのかもしれません。
若い頃に比べると、衝撃的な体重増&サイズ増だったわけですが、当時が異常、今はむしろ健康体なんでしょうね。でもやっぱりもう少し痩せたい…。昔から今の体重なら何とも思わないけど、いちいち「太ったでしょ」と言われるのは嫌!

「まあ、しないよりは、したほうがマシなんじゃないですか?(薄笑い)」という3号の台詞をバネに、もう少し頑張ってみましょう。
体型とか体重はほとんど変わりませんが、体調はいいし、姿勢が良くなってるような気がします。

逃避していた3のAB(腹筋)プログラムですが、先週から、週一はがんばってみることにしました。特に寝てやる運動は、ほとんどついていけてないけど、「自分のペースで」「できる範囲で」というビリーの言葉を励みに、「keep moving」だけをこころがけて、できないところは無理せず、えっちらおっちら、普通の腹筋運動でごまかしています。

1→2→1→3→1→2、のように、軽めの1を合間合間にはさんでやっています。1はけっこう余裕、そろそろリズミーファイターからバンドへレベルアップを検討しています。2はあいかわらずつらいですが、大体はついていけるようになりました。ウン、確実に技術は向上してると思います!

なみま雑記TB:0CM:0

異国にて

2007/06/12(火) 19:28:34

カフカの友と20の物語
アイザック・B. シンガー 村川 武彦 訳
彩流社 (2006/06)

ユダヤの民族文学作家による短編集。
シンガーは1978年度ノーベル文学賞受賞、日本では児童文学の分野で知られる作家で、何冊か翻訳も出ています。
なんと、80年代の映画「愛のイエントル」(バーブラ・ストライザンド主演)の原作者でもあるのですね。旧弊なしきたりに逆らい、男装してまで学問を志す、勇ましい女性の自立を描いた作品で、けっこうヒットしていたのを思い出しました。

戦前から戦後にかけて、移りゆく世界にあるいは逆らい、あるいは流されるユダヤ社会を舞台に、市井の人々の日常の哀歓をつづった作品群ですが、宗教で結びついている彼らの精神世界を反映してか、神話のような、おとぎ話のような、素朴な幻想の香りが漂います。
味わいは異なりますが、ルーマニアの作家エリアーデなどにも、近い雰囲気が感じられ、東欧の精神風土に思いをはせたことでした。

非常に残念なのは、かなりの部分、文章が日本語になっていないこと。
英訳本(原文はイディッシュ語)からの二重翻訳であるためなのかもしれませんが、それにしてもテニヲハの間違いまで散見するのは、素人目にもちょっとひどい。
せっかく良い作品集なのに、もったいないです。どうせなら違う訳で読みたかった。


カフカの友: カフカの親友だったと称する落魄した男の、現実とも妄想ともつかないとりとめのない話。閉塞状況と奇妙な楽観がないまぜになった不可思議な感覚です。

ある冬の夜の客: つましい家庭に突然のりこんできて、居座ってしまった家なしの伯母さん。招かれざる客の、社会慣習とも道徳とも離れて、自由に与え与えられる屈託の無い生き方に、宗教的な理想世界が浮かび上がります。

: 社会に背を向け、自分ひとりの世界に閉じこもるかたくなな老女の絶望。前作の伯母さんとは対極の生きかたを描きます。世の中は、自分自身の心の反映であるということでしょうか。

ベーベル博士: 生まれながらのボヘミアン、伊達男の独身者ベーベル博士に突然訪れた「幸福な人生」のてんまつを描く笑話。幸せも所により人によるというお話。

ストーブを囲んで聞いた話: ユダヤ社会の伝統を垣間見る、民俗色豊かな作。ユダヤ教の学び舎に集う人々が、冬の夜長、こもごもに語る奇談。シンガーという作家のルーツを物語るような作品です。

カフェテリア: ブロードウェイの片隅にある、同胞たちが集うカフェテリアを舞台に、作者の分身とおぼしき成功したユダヤ人作家と、薄幸の女性との、途切れ途切れの淡い交情。中編映画になりそうな、美しく哀切な一篇ですが、残念ながら日本語が崩壊しています。

教師: アメリカで成功した「わたし」は、建国間もないイスラエルを訪れた折に、故郷で教え子だった女性と再会する。彼女の破綻した結婚生活を通して、現代のユダヤ人社会がはらむ矛盾を描いたもの。

: ドバトがほんとうに大人しくて無害かどうかはさておき、ユダヤ人迫害の暗雲が垂れ込めるポーランドで、鳩たちと静かに暮らすやもめの教授を襲う災難。ホロコースト前夜の不吉な物語。

煙突掃除夫: 働き者の煙突掃除人ヤシュが、ある日突然千里眼になっちゃった! 実直な庶民社会のヒーローをめぐる愉快な寓話。

: 宗教上の規律にのみ生きがいを求める男の運命。ユダヤ教の正統派のあまりにも煩雑な慣習を皮肉っています。

アルテレ: 祖母に育てられ、古い風習に従って生きる女性アルテレがたどる奇妙な人生。ジプシーと呼ばれる人々のバックグラウンドを見るようです。

冗談: ニューヨークに住む雑誌発行人が、ふとしたことから、ベルリン在住の真面目なヘブライ語学者にいたずらを仕掛ける話。お堅い学者のロマンチストぶりを笑うという趣向が、意外な方向に進んで…。

めかし屋: 常軌を逸した見栄っ張りで人生を棒に振る女の話。しかし、ここまでやれば立派という気もする、というオチです。

シュロイメレ: 渡米したものの、未だ売れない作家の「私」に「イエントル」舞台化の話を持ちかけてきた演出家のシュロイメレ。暗い世相を背景に、成功を夢見る二人の同病相哀れむ友情を描く脱力小説。

植民地: アルゼンチンのユダヤ人入植地(なんてあるんだ!)を訪れた「わたし」。古い家業も習慣も捨て、現地に同化して、現代社会のどこにでもある悩みをかかえる若い層と、どこへ行ってもユダヤ人でありつづける古い人々との対比を描きます。

涜神者: 信心深いユダヤ人庶民家庭に生まれた現代的な知性の悲劇。筋金入りの反抗期。

賭け: くだらない賭けで人生を狂わせた男。これも放浪者の物語です。

息子: 別れた妻が連れて行った息子との、二十年ぶりの再会に緊張する「わたし」。長い年月ののち、再び生きてめぐりあう運命の不思議と、ことばやかたちにならない父子の絆。

宿命: これはどこかで読んだことがあるような気がするのですが。情の濃い女性の報われない愛の悲劇、と見せて、実は普遍的にありそうな怖い話です。

神秘的な力: 神秘的な感応力を授かったために、過去にまつわりつかれる男の無間地獄。

そこに何かがいる: 神なき時代にラビとして生きねばならない男の、魂の彷徨。彼が最期に見たものは。宗教が成立しにくい現代における、受難と救済を考えます。

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孤独な幽霊

2007/06/09(土) 19:21:02

悪魔のひじの家(book)
ジョン・ディクスン カー 白須 清美 訳
新樹社 1998年


淋しい海辺に建つふるい邸宅、緑樹館を舞台とした殺人ミステリ。

初版は1964年。カー晩年の作品です。なつかしのフェル博士とその相棒が登場、というところが主な目玉です。
変わり者の主人、娘ほども年の離れた美人妻、アメリカ育ちの甥、性格悪い小姑、わけありの秘書、有能な弁護士、だらしない医者、といった面々に、遺産相続ネタをからめ、カー好みのオカルト味をまぶした、とってもスタンダードな密室もの。
まあ、カーの水準作といっていいのではないでしょうか。

からくりは当たったけど、犯人を読み違えた! 
う〜ん、現代小説なら、こうじゃないと思うなあ…。絶対ちがうでしょ…。

訳者は若い人でしょうか。ところどころ表現が気になります。
特に、エステル叔母さんの言葉遣い。いくら性格がくそばばあでも、一応旧家のお嬢様育ちなのだから、もう少し気取ってるほうがそれらしかったのでは。これじゃ下町のおばちゃんだわ。

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カルト集会に参加する

2007/06/09(土) 18:44:28

ひょんなことから、カルトの集会に参加しました。
ふるい友人と久しぶりに会う約束をしたら、当日になって急に「他の友達も来てるんだけど、一緒でもいいかしら」と言われ、なにか妙だなと思いつつも、何の気なしに承諾したら、実はそういうことだったわけです。

そこで即座に「こんな話なら、私は嫌だ」と宣言して帰ってもよかったんだけど、場の空気を乱すようだし、友人に悪いし、それに、どんなもんかしらと好奇心も手伝って、つい調子を合わせてしまいました。
まさに相手の思うツボ。2号にはさんざん気をつけろと言ってるくせに、だめじゃん。

それにしても、こういう人たちってやり方がほんとに上手です。
もちろん、「カルト」なんて、おくびにも出しません。「宗教」とも言いたがらない。まあ、「宗教法人」と冠がついてるのに、繰り返し「違います」と言うのが既に怪しさ100%ですが、ともあれ、あくまでも「学習会」「お勉強」と称します。
メンツは、友人も含めて、裕福そうで、きれいでお洒落で華やかな奥様ばかり。どういうものか、やたらビーズアクセサリを付けてる人が多かった。様子から見て、当然本物のジュエリーや高級ブランド品を持っているであろう層の人たちが、そろいもそろって、ビーズ&ノーブランドなところに、なにやら意図が感じられます。

皆が円座になって、社交クラブみたいな当たり障りの無い自己紹介が終わると、あらかじめ決めてあるらしい「本日のお当番さん」が、「お話」を始めます。中身は、この会でお勉強したおかげで、こんなに幸せになりましたという「体験談」。
というと、いかにもうさんくさいけれど、その話し方がまた、誠実そうで、感じよくて、嘘くさくない。ほんとうに巧み…というか、ご本人は、夫の出世や、子育ての成功や、思わぬ収入増などの「幸運」が、すべて会のおかげだと、心から信じているのでしょう。
他の美しき会員の皆様は、ポイントごとに、タイミングよくにこやかに頷き、笑い、感動し、拍手などして、なごやかに盛り上げます。

さて、このグループの中に、私ともう一人、彼女たちとは明らかに雰囲気の異なる、地味な感じの主婦が参加していて、やがてわかったのですが、本日のメインエベントは、この方の勧誘なのでした。お当番さんのお話のあとは、数名ずつのグループにばらけ、グループリーダーとおぼしき女性が、入会希望者に張り付いて、一本釣りにかかります。
現状に不満のある人が、「勝ち組」のオーラむんむんの彼女たちに囲まれ、夢のような成功談を聞かされ、「さあ、あなたも仲間に入って幸せになりましょう!」と言われたら、ついその気になるのも無理はありません。私も勧誘されちゃうのかな?と、怖いもの見たさでドキドキしてたら、あらら?私はスルーですか。
どうも、一目で「アレはダメね」と選別されてしまったようです。あれ、私、がっかりしてる。なんだか、「幸運の扉」から締め出されたような気分です。

これだ。
「入って〜入って〜」などと、大学の体育サークルみたいなベタな勧誘などしないのです。そんなことしたら、せっかく寄ってきたものも、怯えて逃げ出すに決まっていますから。強制はしません。あくまでも自由意志による入会(入信)が建前です。
撒き餌をし、他の魚が先に行くところを見せ、あわてて向こうから食いつくのを待つ。鮎釣りとはちょっと違うけど、こういうのも一種の友釣りだな。
オウムも、この手を使ったのでした。宗教などとは関係なさそうな、健康ヨガ教室に生徒を集め、それとなく教義を吹き込み、目ぼしい生徒に「位」を与えて優遇し、それを餌に残りを釣り上げる。人の心理を利用したうまいやり方です。

う、ちょっと危なかった。


帰宅後、どっぷり浸かってるふうの友人が気になり、「大先生」のお名前を手がかりにネットでぐぐってみました。
たぶんコレ、という団体がひとつヒットしました。幸い、ネット情報で見るかぎりでは、変なオカルト思想だとか、高額インチキグッズ販売などの極端なぼったくりはやっておらず、今のところ、家族が困っているとか騙されたとかいう話も無い。この手のものの中では、比較的たちのよさそうな団体でした。ネットだけでは何とも言えませんが、まあ、少し安心しました。
カルトが、すべて有害と決まっているわけではありません。
友人は、若い頃から何かと悩みの多い人生を送っています。少々胡散臭くとも、彼女にとって、そこが心の休まる場所なら、お布施に見合うだけの価値はあるのでしょう。

なみま雑記TB:0CM:0

近世の医療

2007/06/05(火) 16:01:09

疫病(ハヤリヤマイ)と狐憑き
   ―近世庶民の医療事情

昼田源四郎 みすず書房 1985年

はしかの流行が騒がれている今日このごろ。私が子供の頃は、小学校・幼稚園でのはしか騒ぎは日常茶飯事でしたので、大した病気とも思っていませんでしたが、この本で「疱瘡は器量さだめ、麻疹は命さだめ」という近世のことわざを、久々に思い出しました。昔は大人でも死んじゃう病気だったんですね。
今、はしかで怖いのは、予防接種前の乳幼児、それから稀に大人もかかる脳炎といったところ。深刻な難病です。死に直結することが少なくなったとはいえ、やはりなめてはいけないようです。


奥州守山領(現福島県郡山市)の、江戸中〜末期の公務記録「御用留帳」中、医療に関する記載を拾い出して丹念に分析した著作。
精神科の医師でもある著者によって、専門的な解説も加えながら、明治以前の地方社会における医療事情が活写されます。

東北の寒村のこととて、飢饉・流行病、また貧困に伴う間引きの悲惨や、おまじない程度の貧しい医療技術などは、おおかた予想通りですが、その一方で、医療従事者の数が、今日の基準に照らしても十二分であることや、精神病者への人道的な配慮など、「実はそうだったのか!」と驚くような意外な事実の数々。何事も思い込みはいけません。

殊に詳しいのは、著者の専門である精神医療の分野ですが、その中でも、心神喪失状態での犯行については、殺人を含め、本人の責任を問わなかったことなど、西欧医学の普及以前に、早くも近代的な精神病観が発生していたことは、特筆に値するかと思います。
被害者への同情のあまり、感情的に結果責任を問い、報復刑の発想へ傾きがちな現在、あらためて見直すべき歴史的経緯ではないでしょうか。

衛生指導や、他出中の病人の取り扱い、牢内の医療、少子化ならぬ間引き対策等、封建制のもと、「生産力維持のために農業従事者数を確保する」という、為政者のご都合主義的な側面があるとはいえ、領民保護の立場から、少なくとも形の上では、近代的な人権擁護に近い施策が行なわれつつあったことがわかります。
明治期における爆発的な西欧思想の普及は、維新以前の基盤あってのものだったのですね。

読んだ本TB:0CM:0

虹の彼方に

2007/05/28(月) 00:28:29

ベティ・サイズモア
ベティ・サイズモア(cinema)
監督 ニール・ラビュート
レニー・ゼルウィガー、モーガン・フリーマン、
グレッグ・キニア、クリス・ロック
2000年 アメリカ
posted with amazlet on 07.05.26

田舎町の大衆食堂で働くしがないウエイトレスのベティ。そこそこ美人で、おとなしく気立てのいい彼女は、同僚や常連客の人気者だ。でも、バカで身勝手な夫は、誕生日におめでとうの一言もくれない人非人。さっさと自立して、あんな男捨てちゃえ!と友達は言うけれど、なんとなく踏んぎれない…。
そんな彼女の唯一の楽しみは、青年外科医の波乱万丈の活躍を描く連続テレビドラマ。主役デビッドの登場シーンでは、つい仕事も忘れてテレビに見入ってしまうほどの大ファンだ。
ある日、けちな犯罪に手を出した夫が、二人組のギャングに殺されてしまう。偶然現場を目撃したベティは、ショックのあまり正気を失い、ドラマの世界に完全逃避。自らをヒロインと思い込んで、衝動的に家を飛び出し、「運命の恋人」デビッドと結ばれるため、一路ロサンジェルスへと車を走らせるのだった。

ベティの話がおかしいことも、その元ネタにも、誰でもすぐ気づくのですが、彼女の「愛の夢」があまりにもきれいで無邪気なので、つい、面白がっておとぎ話につきあってしまいます。
誰だって、素敵な夢を見てみたい。信じてみたい。そんな人々の思いにいたわられ、ふわふわしたシャボン玉みたいに危なっかしい空想は、壊れそうでいてなかなか壊れません。
一方、夫殺しの容疑者にされたり、夫が隠した「ブツ」を狙うギャングたちが彼女を追ってくる、という、サスペンスドラマさながらの現実が、刻一刻と背後に迫ります。美しい夢と汚い現実の衝突、結果は吉と出るか凶と出るか。


強いショックから一時的に妄想の世界に逃避することを医学用語でフューグ(遁走。フーガの英語読みですね)というのだそうです。ドラマや小説や映画にはまっている時には、誰しもいくらか現実逃避的になるもの。だからこそ、ベティの奇行に少なからず共感できて、笑えるのでしょう。(同じ妄想でも、クレランボー症候群ともなると、完全な病気で、面白いどころではありません。)
登場人物が、彼女の夢に次々に感染してゆき、ドラマの虚実、夢と現実の境界もぼやけてきます。ベティは完全に夢の中の人になってしまうのか、ふたたび色あせた日常に戻ってくるのか。
とても健康的な結末が待っています。自分探しのラストはこうありたいものです。

「冬のソナタ」ファンのおばさんたちの気持ちがちょっとだけわかったような気がしました。そういえば、私のまわりにも、「ペ・ヨンジュンじゃなくて、チュンサン/ミニョン(ヨンさまの役名)が好きなの。あれが私の理想の男性」と言ってる人がいましたっけ。

見た映画(DVD)TB:0CM:0

禁断の恋

2007/05/26(土) 15:30:26

ブロークバック・マウンテン プレミアム・エディション
ブロークバック・マウンテン(cinema)
監督 アン・リー
ヒース・レジャー、ジェイク・ギレンホール、
アン・ハサウェイ、ミシェル・ウィリアムズ
2006年 アメリカ
posted with amazlet on 07.05.25


婚約者のいるノンケのカウボーイが、ゲイと組んで二人きりで仕事をするうちに、ゲイに惚れられ、なんとなくその気になって、うっかりそっちの道に走ってしまい、人生を狂わせるという、ゲイ向けのヨロメキドラマを、アメリカの雄大な大自然をバックに撮影したシュールな作品。

姦通罪なんて何時代の話?ってくらい、不倫も離婚も当たり前の現代、悲恋で盛り上げるなら、もはやこういう設定しか残っていないかもしれません。…にしても、お話自体は陳腐でつまらないので、同じ趣味の人でないと、感情移入は困難です。映像的にかなりキツかった。ふぅ。
この手の恋愛ものなら、フォースターの「モーリス」(ゲイ版ボヴァリー夫人。映画にもなってる)のほうが、ずっと複雑で罰当たりで、面白いと思う。視覚的にもわりとソフトでしたし。


「パードレ・パドローネ」にも、牧童が孤独と無聊に耐えかねて、ヤギだったか羊だったかで…というエピソードが出てくるけど、人間がいれば、相手が男でもこういうことになるんだろうか。動物と人間と、どっちがマシなのでしょうか。
男じゃないので、こればっかりは、どうにもこうにもイメージできない。降参。

見た映画(DVD)TB:0CM:0

入隊13日目

2007/05/25(金) 18:49:02

Bootcamp Elite
Mission One: Get Started


う〜ん、汗かいてスッキリ。
雨降ってもできるし(ジムはウォーミングアップがわりに自転車で行くので、基本的に雨だと行かない)。
ビリーがあれば、ジムいらないかな。やめちゃおうかな。

なみま雑記TB:0CM:0

二胡を聴く

2007/05/25(金) 18:40:48

姜建華-COLLECTION OF BEST-
姜建華
コロムビア室内楽協会 コロムビア・オーケストラ
コロムビアミュージックエンタテインメント
(2002/10/19)

二胡のコンサートに行ってきました。

じかに聴いたのは初めて。
もっと気取ったものかと思っていましたが、案外ライブ向きの楽器で、普通に弓で弾くほかに、はじいたり、叩いたり、絞ったり、聴衆とのかけあいで、コミカルに多彩な音を奏でます。踊って、跳ねて、猛スピードの曲弾きかと思えば、一転、スタンダードに嫋嫋と。音楽の原型の面白さをふんだんにとどめた演奏でした。

大ホールなので、マイクで拾った音だったのが残念。あまり音量の出ない楽器なのですね。ライブハウス程度の室内か、路上など屋外で聴くほうが楽しそうです。

偏愛音楽館TB:0CM:0

入隊12日目

2007/05/24(木) 17:55:58

今日はひさびさにジムに行った。
エアロビ40分とヨガ。それとマシンを少し。

やっぱり、動きが激しい分、ビリーよりエアロビのほうが疲れる。汗の量もハンパじゃない。
でも、筋肉への効き具合は断然ビリー。
ビリーのいいところは、短時間のうちに、ハアハアするスピード系の運動と、筋トレがほどよく混じっていて、両方がいっぺんにできるところだと思う。ジムへ行くと、両方別々にやらなきゃならないので、時間がかかって効率が悪い。

ヨガ(<なぜかポーズが取れない)は、場所を取らない・音出ないで、究極のおうちエクササイズなんだけれども、家でDVD相手にやってると、ほとほと気がめいってくる。まあ、基本コンセプトが「癒し」だから仕方ないんだけど、BGMは不景気、出てくるインストラクターのテンションも低くて、ほとんど寝そう。パワー出ない。ジムに行って、大人数でそろってやらないと、とてもじゃないけど間がもたない。

ダンベルトレーニングのDVDも、同じような感じで、辛気臭くて一週間と続かなかった。あんなものが続くのは、修行好きの三号くらいだよ。なぜ毎晩黙々と一時間もトレーニングできるのか、ほんとうに謎。勉強からの逃避という説もあるが…でも、逃避にもおのずと向かう方向があると思う。私なら、逃避先は絶対に筋トレではない。これは断言できます。

やっぱりビリーの最大のキモは、あのユーモラスな「掛け声(励まし?)」と、ハイテンションっぷりでしょう。見てるだけで気分が明るくなるもの。
明日はまたビリーに戻ろう。(本日は疲れたのでお休み。)

なみま雑記TB:0CM:0

仕掛け読本

2007/05/24(木) 17:10:53



読み方の難しい本です。

地下鉄サリン事件実行犯の豊田亨被告と、学生時代にそこそこ親しい関係だった著者が、豊田の側からオウム事件を見直し、この種の事件再発防止のために警鐘を鳴らす。
とまあ、そういうことになっているようですが、中で話が広がったり縮んだりして、結局いちばん言いたいことは何なのかが、よくわからない。別に言いたいことを一つにまとめなくたっていいのだけれども、あまりにも整合性に欠けていて、何がなんだか。

開高健ノンフィクション賞受賞作だそうですが、「ノンフィクション」でないことだけは確かです。
オウムに関する目新しい情報は、著者が立場上知りえた豊田被告の私的な側面のみ。特段のフィールドワークもなく、個人的な随想の域を出ません。
たとえば「アンダーグラウンド」などとは、加害者側から/被害者側から、という視点の違いのみならず、方法においても、全く逆のアプローチをとっています。
著者は村上春樹に対して批判的なようですが、そもそも違う次元に立っているのだから、かみ合わないのは当たり前です。


難解ではないが、とっても読みづらい。いらんもんがごちゃごちゃ混ざっていて鬱陶しい。うざいし変だ。
しかし不快さの底になんかあるような気もする。何だろうねこれは、とつぶやいたら、二号が言うには

「あー、これ書いたの、情報科の人だろ。狙ってやってんだよ。ヒッカケでしょ。情報科って、こういうウサン臭い話が多いんだよね〜」

ああ、さよか。なるほど。
「相棒」と称する意味不明なツンデレ女子大生キャラも、過剰な悲憤慷慨調も、つまりこういう↓ことだったのかな。

「情動は思考より先に立つ」
だからお涙頂戴で釣りました。
「政府やマスメディアによるマインドコントロールって怖いよね」
ほらあなたにも根拠の不確かな被害者意識が! 
「團藤先生、立派な方です。生きた昭和史。三島を教えたこともあるって凄くない?」
すばらしい権威、思わずついていきたくなっちゃう。グル様、お導きください!(いえ、もちろん團藤先生が人格者でないと言いたいわけではありません。ただ、ご本人を直接存じ上げているわけでもなければ、著書の一冊も読んでいないのに、本書に書かれていることだけでそんな気分になるのはどうかということ。)
「この本、賞をとるくらいだから、すばらしいことが書いてあるに違いない」
でも実は、企画段階から、賞取る前提の出来レースだった。だから内容が「ノンフィクション」じゃなくっても無問題。(選者評を読みましたが、崔監督だけ空気が読めなかったのか、それともわざと反対役を引き受けたのか。何にしろ、本書の最終章にはいろいろと驚かされました。)
「このタイトル、よくわからないけど、なんとなくオシャレ。友情って大切だよね。海の表紙もきれい!」
ほら雰囲気にだまされた。パッケージは中身とほとんど関係ないでしょ。(サイレントって、誰が。豊田だって林だって、既にそれなりに語っています。それに、自ら語る内容が、必ず真実とも限らない。語ることによって何か解決するという保証もない。ちなみに、オウム事件に関して文字通りサイレントなのは、松本被告だけ。でも、松本はサイレント・ネイビーなんかじゃないし、著者も、松本に何か告白しろと言ってるわけじゃない。)

エトセトラエトセトラ。




結局、ボクもワタシも、オウムに取り込まれた豊田と同じでしょ。感覚や、イメージや、よさげな言葉や、既成概念や、先入観やらに、つい踊らされてしまうよね。そして、本当はよくわかっていないのに、わかったような気になってしまう。
もっと自分自身で、対象をよく見てよく考えましょう。うわべだけで、鵜呑みにするのはやめましょう。
何より、無反省のまま、脊髄反射的に行動するのはよくない。危険です。

――というテーマを学習するための、実習教材だったのですね、これは。


とても勉強になりました。謎のタイトルに惹かれて読んだ時点で、私も釣られて負けでした(笑)。
伊東先生、たいへんありがとうございました。

死刑制度をどのように考えるか、大学院制度を改革すべきか、など、個々の問題は、もっと広い視野の元で考えるべきでしょう。
また、組織犯罪の心理に関しては、ナチスの絶滅収容所をテーマにした「人間の暗闇」(これは本当に本当のノンフィクション)などと比較してみるのも面白いと思います。


ところで、オウムの一件以来なのかどうか、今の大学は、カルト宗教を過剰なくらい警戒していて、二号も入学以来、再三にわたって注意書きのプリントをもらいました。
「なんかさー、こういうのって逆効果じゃない? かえってチャレンジしてみたくなるというか」
こらこらこらこら。
そういう半端な好奇心が一番危ないんだよ。君子危うきに近寄らず。君子じゃないけど…とりあえず、そばに行くな、さわるな危険!

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